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	<title>ブログ　&#124;　片山恭一書店</title>
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		<title>人間をいかに蘇生させるか</title>
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		<pubDate>Sat, 21 Sep 2013 09:05:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kyoichi Katayama</dc:creator>
				<category><![CDATA[猫々通信]]></category>

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		<description><![CDATA[１ 　一昨日まで奈良に行っていました。『古事記』ゆかりの地をめぐるという雑誌の取材だったのですが、去年は太安万呂が元明天皇に『古事記』を献上してから、ちょうど１３００年ということで、いろいろ話題になったようです。１９７９ &#8230; <a href="http://www.kkatayama.net/blog/?p=457">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
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１<br />
　一昨日まで奈良に行っていました。『古事記』ゆかりの地をめぐるという雑誌の取材だったのですが、去年は太安万呂が元明天皇に『古事記』を献上してから、ちょうど１３００年ということで、いろいろ話題になったようです。１９７９年に発見された安万呂の墓にも行きました。あるいは日本最古の本格的な伽藍寺院とされる飛鳥寺とか、ぼくたちがイメージする日本はここからはじまったという、そういう場所を歩いてきたわけです。<br />
　日本という国、その文化や伝統の発祥の地をめぐりながら、こうした遺跡や遺物は、現在のぼくたちにとってどういう意味をもっているのだろう、ということをあらためて考えました。２０１１年に福島の事故が起こって、いちばん強く感じたことは、ぼくたちは潜在的に過去を失っていたのではないかということです。日本人が長く暮してきた国土や風土、そのなかに息づいている歴史や伝統を、ぼくたちはすでに失っていたのではないか。<br />
　ぼくも「風船プロジェクト」に参加させてもらいました。ご承知のように、原子力発電所のそばから風船を飛ばして、放射性物質がどこまで飛散するかを実際に検証してみようというプロジェクトです。玄海町から風船を飛ばしたのですが、あっという間に四国の香川や徳島のあたりまで飛んでいってしまいました。風の影響が強いわけですけれども、別のときには奈良県で風船が発見されたという情報も寄せられたそうです。福岡から奈良といいますと、直線距離にして五百キロくらいあると思います。そのくらいの範囲は、放射性物質が飛散する可能性があるということです。<br />
　放射線量というのはややこしい問題で、ぼくもよくわからないのですが、専門家のあいだでもいろんな意見があるようです。政府は一応、年間２０ミリ・シーベルト以上のところを計画的避難区域としていますが、これがまったく安心できない数字であることは、多くの人たちが指摘しています。よく比較に出される数字でいうと、チェルノブイリの場合は、年間５ミリ・シーベルト以上のところは強制移住の対象になっているようです。これは除染をしたあとも、放射線量がそれ以下にならないところは移住しなさいと、ウクライナの法律に定められているわけです。<br />
　京都大学の小出裕章さんは、北は岩手県の一部、西の方だと新潟県の一部、南では茨城、千葉、群馬、栃木、埼玉、東京の一部などが、人が生活できないくらい汚染されているとおっしゃっています。人が生活できないというのは、放射線管理区域という、放射線を扱う施設で働く人たちが時間を限って立ち入ることのできる場所がありますが、そういうところで定められている放射線量（一平方メートルあたり四万ベクレル）を基準にして、「人が生活できないレベル」とおっしゃっているわけです。<br />
　いずれにしても、たった一基の原子力発電所の事故によって、非常に広範な地域が、人が住めなくなるほど放射能によって汚染されることは間違いありません。そのなかには住居や畑や田んぼ、他にもいろんなものがあるはずです。ぼくがまず考えたのはお墓のことです。生きている者は移住できる。しかし死者たちを移住させることはできない。つまり墓参りができないという状況が出てくるわけです。神社も同じです。日本の神社というのは、全国に八万くらいあるそうですが、キリスト教の教会などとは違って、ほとんどが産土や氏神と呼ばれるような、その土地を守護する神々を祀っています。日本人の伝統的な信仰は、土地と切り離せないのです。<br />
　たとえば『万葉集』の一巻に、つぎのような歌があります。<br />
<br />
三輪山をしかも隠すか雲だにも情あらなむ隠さふべしや（１・１８）<br />
<br />
　額田王の一行が近江へ下るときによまれた歌とされています。奈良の三輪山、現在は桜井市になるでしょうか。通常は別離の歌と解されます。この土地を離れていくときに、見送ってほしい馴染み深い山が、雲に隠れて見えないという歌です。せめて雲だけでも思いやりがあってほしいと言っているわけですが、たかが山が雲に隠れて見えないというだけで、どうしてそんなに感情的になるのか。<br />
　いまも三輪山の麓には、多くの神社や天皇陵が点在しています。額田王の時代、大和一帯を支配した豪族にとって、三輪山は一種の保護神であった。その保護神を離れて他の土地へ移っていくことは、自分の存在根拠が失われるほどの意味をもつものであった。たんなる別離の気持ちをうたったものではないのだ、という解釈を、白川静さんはされています。日本人にとって土地、あるいは風土というものは、伝統的にこの歌のような意味をもっていたのだと思います。放射能に汚染されたからといって、じゃあ別の土地へ移住しよう、別の神社にお参りしようというわけにはいかないのです。<br />
　ぼくたちは盆や正月を特別な日と考えています。いまでは年中行事の多くが形骸化し、意味も由来もよくわからなくなっているのですが、柳田國男などによると、盆や正月というのは、それぞれの家のご先祖さまをお迎えする、とりわけめでたい日でした。そして先祖の霊というのも、かならず家に帰ってくる。自分が生まれ育ち、亡くなった、その家に帰ってくるのです。こうした場所が、計画的避難区域になったり、強制移住地域になったりする。すると死者の霊は、迎える人のいない無人の家に帰っていくことになるでしょう。今度の事故によって、そういう家がたくさん生まれたはずです。<br />
　現在、日本列島には五十数基の原発があり、福島の事故まではほとんどが動いていました。そのうちのどれが事故を起こしてもおかしくはなかった。つまり日本全土が、潜在的には福島と同じ状況にあったと言えます。遠い先祖から連綿と培われてきた文化や伝統や記憶、一人一人の出自やアイデンティティにかかわる大切なものを、ぼくたちは自らの粗忽さによって、一瞬にして失いうるという現実を生きていた。それがわれわれ日本人の日常であったわけです。<br />
　原発の問題にかぎらず、ぼくたちは自分たちの手で、過去の歴史や伝統を消去しつづけてきたのではないか。この国における「近代」とは、そういうもとしてあったのではないか。その帰結として、福島の事故は起こるべくして起こったように見えます。<br />
<br />
２<br />
　夏目漱石の有名な講演に、『現代日本の開化』というものがあります。明治四十四年（１９１１年）に和歌山でおこなわれたもので、講演のなかで漱石は日本の近代化に触れています。文明開化、すなわち近代化においては、西欧（ヨーロッパ）が一つの普遍性といいますか、世界性をもちます。それ以外の国にとって、近代化というのは西欧化のことである。これを漱石は「外発的」と言っています。日本の近代化は、西欧という圧倒的に優位な文明をもつ国々に屈したかたちでなされる、外発的なものである。ヨーロッパにとって必然であるものが、日本にとっては必然ではない。必然でないものを、必然として受け入れなければならない。<br />
　ここから近代化にともなう様々な矛盾やひずみが出てくるわけです。たとえば強い者とつきあっていくためには、自分のところのやり方を捨てて、先方の習慣に従わなければならない。それによって自国の歴史や伝統が空洞化していくだろう。内側を切り捨ててなされる日本の近代化は、おのずと表面的で上滑りのものになっていかざるをえない。また外発的な近代化を受け入れる日本人の内面は、多くの不安や不満を抱えることになるだろう。このように漱石は、日本の近代化を非常に悲観的に、暗い予感のもとにとらえています。<br />
　それからもう一つ、こちらも有名なものですけれど、『私の個人主義』という学習院でおこなわれた講演があります。大正三年（１９１４年）の秋ですから、漱石が亡くなる二年ほど前です。内容的には、先の『現代日本の開化』を一歩進めたものになっています。外発的な近代化ということから、もう一歩踏み込んで、近代化にともなう日本人の自我の問題を提起している。これは漱石の生涯にわたるモチーフでもありました。とくに『それから』『門』『心』といった後期の作品のなかでは、男女の三角関係というかたちで、この問題は突き詰められていきます。そこで顕在化してくる家族の解体とか、男女のあいだの不信感とか、不安や懐疑といったものは、多かれ少なかれ誰の身にも降りかかるものなんだ。それは日本の社会が近代化していくことの代償といいますか、宿命みたいなものなんだと漱石は考えていました。<br />
　講演のなかで漱石は、「淋しさ」という言葉を使っています。近代社会のなかで人が生きることは、自分は自分、他人は他人というふうに、ばらばらに生きることだ。そういう意味で、近代的な個人主義というのは自由である半面、非常に淋しいものだということを、漱石はしきりに言っています。自由になって個人の欲望は拡大していくけれど、一方で、地縁血縁で結ばれた共同体は解体し、伝統的な生活の基盤を失い、一人一人の人間は孤独で不安な存在になっていかざるを得ない。そのことを漱石は「淋しさ」と言っているのだと思います。<br />
　百年ほど前の講演ですが、漱石は日本の近代化の本質をじつに的確につかみ、また予見していると思います。漱石が言っている「淋しさ」は、二つのことに起因しています。一つは、近代の日本人が自国の歴史や伝統と切り離されていくこと。もう一つは、個々の人間がばらばらに、個人や主体として生きなければならないこと。そのことを漱石は、近代化がもたらす「淋しさ」と言っています。<br />
<br />
３<br />
　漱石の時代にはまだ顕在化していなかったこと、百年後のぼくたちが新たに直面している状況を、一言で言えばグローバリゼーションということになると思います。これは近代化が進展していく過程で、ほとんど不可避的にあらわれてくる局面であると言えます。<br />
　漱石も言っているように、近代化というのは、すなわちヨーロッパ化ということです。近代化のモデルはヨーロッパだった。では、なぜヨーロッパで近代化が可能であったかというと、地球規模での交通や交易、交換、そういう世界経済のようなものを生み出しえたからです。ヨーロッパの近代というのは、経済的には資本主義ということになりますが、資本主義的成長は、エネルギーがタダか、タダに近いほど安いことを前提としています。ヨーロッパは力にものをいわせて、アジアやアフリカ、南北アメリカなどから天然資源や人的資源を強奪した、というのが言い過ぎなら、非常に効率的に手に入れた。だから近代化が可能だったのです。日本の高度経済成長にしても、オイル・ショック前で安い原油が手に入ったから達成されたという面が大きいのです。<br />
　この延長にグローバリゼーションはあります。安い資源、エネルギー、労働力が供給されつづけないと、資本主義的成長は止まってしまう。資本主義というシステムそのものが崩壊してしまう。しかも近代化を遂げた国は、日本をはじめとして、百年前よりもずっと多くなっている。プレーヤーの数は増えているのに、パイの大きさは変わらない、むしろ縮小している。どこかに未開拓な領域を求めなければならない。それは貧しさと言い換えてもいいでしょう。グローバリゼーションとは、地球規模で貧しさを探し求める動きとも言えます。探して見つからないものは作り出してしまえ、ということで効率化や合理化がはかられるわけです。つまり企業にかかるコストを、できるだけ削減しようとする動きが出てくるわけですが、これは働く側からすると、安い賃金や、劣悪な労働条件のもとで働くことを強いられる事態を意味しています。いま問題になっているブラック企業などもそうですが、労働者を使い捨てるといいますか、使い潰すような会社がたくさん出てきているわけです。<br />
　とくに金融資本主義が登場してから、こうした動きが一気に加速しているように思います。その結果、近代化を遂げた国の内部にも、新たな貧困が作り出されることになる。オキュパイ・ウォール・ストリートのような抵抗運動が、アメリカという金融資本主義の先頭を走っている国で起こっていることは、とても象徴的だと思います。あの運動のスローガンにあるように、一パーセントの富裕層と、九十九パーセントの貧困層というような、非常に大きな経済格差が生じて、多くの人が様々なローンに頼ったり、多額の借金を抱えたりして生きている。ギリシアやスペイン、イタリアなどヨーロッパの国々でも、多くの人が失業し、病院にもかかれないという状況になっている。<br />
　つまり人々の生活の基盤そのものが破壊されようとしているわけですが、それでもなお資本は成長をつづけようとする。そうしないと資本は成長できなくなった、ということだと思います。かなり末期的な状況とも言えるでしょう。国内に大きな経済格差を作り出し、自国民の生活を破壊し、彼らの貧困を糧にして、資本主義というシステムだけが生き残ろうとしているように見える。そのことがグローバリゼーションの根幹にある問題だと思います。<br />
　安部首相などは、そのあたりがまったくわかっていないんじゃないでしょうか。現在の日本の政権は、ただ無自覚に、無抵抗に、こうした流れに呑み込まれつつあるように見えます。小泉内閣がおこなった規制緩和は、一般的には新自由主義と呼ばれていますが、要するに、日本でアメリカなど海外の企業が商売をしやすくするためのものでしょう。ＴＰＰは、この動きをさらに強力に推し進めようとしている。それによって日本人の暮しが良くなるとも、豊かになるとも思えない。むしろ経済格差が拡大し、多くの貧困層が生み出されることは、目に見えているのではないでしょうか。<br />
　テレビをつけると、連日のように世界各地の反政府運動や抗議運動のニュースが流れています。北アフリカや中東だけではなく、ヨーロッパのあちこちでも起こっている。それは当然のことで、彼らは自分たちの暮しを守ろうとしているのです。起こるべくして起こっていると言える。しかしなぜか日本では、そうした反政府運動も抗議運動も起こる気配がない。それどころかグローバリゼーションにたいして従順で無策な自民党政権が大勝したりするわけです。これはいったいなんだろう。ちょっと理解できないことだと、ぼくなどは思います。<br />
　ぼくたちが進めている脱原発の運動は、広くとらえるなら、現在、世界各地で起こっている、グローバリゼーションや新自由主義にたいする抵抗運動と同じ文脈にあると思います。なぜなら原発を動かすということは、まさに人々の生活の基盤そのものを破壊しかねないリスクを負うことであり、現に福島の事故では、それが起こっているからです。たんに電力やエネルギーの問題はないし、まして日本経済を立て直すとか、景気を回復させるといったことを議論しているのではない。原発に依存することによって、不可避的に多くの犠牲が生み出されてしまう。それは結果的に、グローバリゼーションの進展がもたらすものと同じである。脱原発の運動は、何よりも、そのことにたいする抵抗運動であるべきだと思います。<br />
　しがたってぼくたちが最優先で求めていくべきことは、原発事故によって生活の基盤を破壊された人たちの救済でしょう。もちろん原発（核エネルギー）は、放射能汚染や使用済み核燃料の処理など、未来に深くかかわる問題を孕んでいます。しかし「未来」という言葉に足をすくわれてはならないと思います。未来の他者を考えるという言い方で、現在の他者をオミットしてしまってはならない。現在のなかに未来もある。未来の問題は、現在の問題のなかに顕れていると思います。<br />
　現状に目を向けるなら、すでに事故から二年半が経過しているにもかかわらず、被害を受けた人たちの救済はまったく進んでいない。事故の当事者である電力会社や政府から出てくるのは、あいかわらず企業の論理や官僚の理屈ばかりです。あれだけ土地を追われたり、仕事を失ったりした人がいるのに、国も電力会社も、一言の謝罪の言葉も口にしていない。事故が原因で自殺した人もいるし、避難中に亡くなったご老人もいるはずです。避難先で体調を崩して亡くなる人もたくさん出てきている。それなのに政府関係者も東電の幹部も、誰も責任を問われない。当時の東電幹部だった人たちは、多額の退職金をもらってさっさと退散してしまった。<br />
　いくらなんでもひどすぎるじゃないかと思います。安部さんなどは首相として立派なことを言っているつもりかもしれないけれど、ちゃんと目をあけて自分の国の現状を見てみくれと言いたくなります。これでは美しい国どころか、到底、人間の国とも言えないじゃないか。多くの人たちが見捨てられたままじゃないか。すべての国民が人間らしく暮らすという、国家として最低限保証しなければならないことが、まったく履行されていないじゃないか。何が国防軍だ、アベノミクスだと言いたくなります。<br />
<br />
４<br />
　去年の十二月に、玄海原発訴訟の原告として、佐賀地方裁判所で意見陳述をさせてもらいました。裁判官や、被告である国や九州電力の関係者、その代理人たちの前で意見を述べたわけですけれど、五分余りの陳述のあいだ、人間に向かって喋っているという感じがしませんでした。たしかに目の前に人が坐っている。しかし人間という感じがしないのです。彼らは司法の論理を体現し、国や企業の利害を代表する者としてそこにいるので、一人の人間としてそこにいるわけではない、ということなのでしょう。だから彼らに人間らしく振舞ってくれといのは、無理な注文なのかもしれない。彼らから人間らしい言葉を引き出すことは、絶望的なまでに困難かもしれない。<br />
　これは法廷のなかだけではなくて、あらゆる場面で感じることです。新聞でもテレビでも、人間の言葉を目にすること、耳にすることが稀になってきている。学者や専門家による状況解説はあるのです。逆に言うと、それしかない。心に響くような言葉はほとんど見かけなくない。ぼくたちの社会から、人間が消えかけているのではないかと思うことがあります。官僚や企業家だけではなくて、評論家も、大学の先生も、ひょっとすると文学に携わる者までもが、人間の言葉を発することができなくなっている。言い換えると、そこに一人の人間が生きているという実感が、言葉に伴わないのです。ぼくたちの社会に溢れている言葉の大半が、ただの知識や情報でしかない。これはなぜだろう、ということを考えてみます。<br />
　資本というのは無限の富の収集や蓄積を追求するものです。それは個々の人間の意志というよりは、成長しつづけないと生きていけない資本の性格、資本主義というシステムの意志と考えた方がいいと思います。その最終的な局面として、グローバリゼーションのようなものが出てきている。つまり資本主義的成長が、国の内外を問わず地球規模で富みを掻き集め、集積するという段階に入っている。そこで一義的に追及されるのは収益性であり、めざされるのは合理化や効率化です。<br />
　ところが人間というのは、非常に効率が悪い。一人一人に個性や性格があり、感情や好みがある。性別や民族、宗教といった違いもある。こうした差異は、効率化を進める上で大きな障害になります。そこでどうするかというと、人間を断片化して、個々の機能や専門性としてシステムのなかに取り込むわけです。ぼくが法廷で語りかけたのは、国や電力会社、あるいは司法といった組織のなかで、それぞれの専門性をもって振舞い、組織の論理や利害を代弁する人たちでした。彼らは一つの抽象的な機能や役割に還元されている。だから人間に向かって喋っているという感じがしなかったのだと思います。それが広く、社会全般に見られる現象になっている。<br />
　いま、ぼくたちの社会で起こっている顕著な現象は、人間が消えていくということではないでしょうか。漱石は日本の近代化について「淋しさ」ということを言ったわけですが、それから百年経ち、グローバリゼーションという新しい局面が展開していくなかで、もはや「淋しさ」という言葉では済まなくなって、人間そのものが消えかかっていると言うべき状況が、ぼくたちの社会だけでなく、世界中で広範に起こっているのだと思います。「人間」という概念も、「歴史」という概念もいらなくなって、たんに「事実」と言っておけば済むような状況が、現実に生まれつつある。こうした状況のなかで、ぼくたちはどういう言葉をもてばいいのか。どういう言葉をもちうるのか。<br />
　ぼくは小出裕章さんという方を、たいへん立派な方だと思っていますし、小出さんがされている活動には文句のつけようはないんですけれど、一方で、たとえば関東以北のかなり広い範囲が、人が住めないレベルで放射能に汚染されていると言われても、じゃあそこに住んでいる人たちはどうすればいいんだ、ということをどうしても考えてしまいます。仮に、自分の住んでいるところの放射線量が、放射線管理区域レベルですよと言われても、坂口恭平さんのモバイル・ハウスみたいなもので生活している人は別でしょうが、普通の人はすぐには動けないと思うのです。<br />
　一人一人がいろんな事情を抱えて生きている。親を介護している人もいるでしょうし、仕事の関係で離れられないという人も多いでしょう。子どもは子どもで、親は町を出ると言っているけれど、好きな女の子の一家は残ると言っている、どうすればいいのか……とか。ぼくのやっている小説は、細部をおろそかにしない、というのが唯一のとりえみたいなものですので、そういうことをいろいろ考えるわけです。すると小出さんの仕事や発言は、非常に良心的なものであることは疑いようがないのですが、やはり専門家としての仕事であり、専門家としての発言だなあと感じます。<br />
　一人の人間が生きるということは、様々な事情を含みもっています。簡単に思い切れない複雑な理由を幾つも抱えている。そもそも人間という存在自体が、けっして一般化できない、合理性では片付かない面をもっている。それは人間の人間性の根底に、自由や主体性ということがあるからでしょう。これを否定されることは、人間性を否定されることに等しい。だから人が生きることのなかには、収益や効率性に回収されない部分が残る。それは市場主義やグローバリゼーションにたいする、大きな歯止めにもなっているはずです。一方で、自分の住んでいるところが放射能に汚染されているとわかっていて、その危険性を理解していてもなお、そこで生活しつづけるという選択をする人が出てくるのだと思います。彼らの意志を尊重しなければならない。その上で、救済ということを考える必要がある。ぼくたち自身を見捨てないためにも、そういうふうに考えていくべきだと思います。<br />
　たとえば海外の人たちから見れば、東北や関東の一部がどうというのではなくて、日本全体が放射能で汚染されている、どうしてそんな国に住みつづけているのだ、ということになるかもしれない。近い将来、汚染は日本全土に均質に広がっていくと思いますが、仮に日本中の放射線量が健康に支障を来しかねないレベルになっても、海外へ移住する人は少ないと思います。やはり自分の国で、これまで自分が生きてきた土地で、放射能とともに生きることを選択する人が大半でしょう。すると福島の現在は、ぼくたちの未来であると考えることができる。<br />
　いまの脱原発運動は、原発の安全性とコストの面から世論に訴えるというスタイルをとっています。しかし原発は危険ですよという議論は、ある意味、そこで終わってしまう。どこへも行けない議論だという気がします。極端に言えば、被害が拡大し、深刻化し、癌や白血病で苦しむ人が出てきたときに、ほら、私たちの言った通りでしょうということにしかならない。そういう訴え方は、社会を変える力にはならないと思うのです。なぜなら放射能とともに生きていかなければならない、ぼくたち自身のことが組み込まれていないからです。<br />
　たしかに原発は非常に危険なものであり、事故が起これば収束ははなはだ困難だということは、今回の事故ではっきりしています。使用済み核燃料の処理方法もわからないし、廃炉の技術も確立されていない。だからぼく自身は、原発はただちに廃止すべきだと思っています。コスト面から見ても、地元自治体への交付金やＰＲ費用のようなもの、発電が終わってから発生する、いわゆるバックエンド・コストまで算入すれば、原発の発電単価は火力発電などと比べて、かなり高いことがわかっている。さらに今後の安全投資や賠償費用まで上乗せすれば、市場原理に照らし合わせても到底実用的ではないでしょう。<br />
　そうした原発の危険性やコスト面での不合理さをアナウンスしていくことは必要だと思います。しかしそれだけでは足りないと思うのです。原発をめぐって、ぼくたちはずっと学者や専門家の説明を聞かされてきました。福島の事故が起こるまでは、推進の立場に立つ人たちが、原発は安全だと言いつづけてきた。事故が起こってからは旗色が悪くなって、いまは原発の危険性を訴える人たちの発言が重視されるようになっている。原発からの脱却をめざすぼくたちの活動も、やはり学者や専門家の意見、彼らの提示してくれるデータに多くを依拠しています。<br />
　しかし知識が知識であるかぎり、情報が情報であるかぎり、それを必要とする人たちのなかにしか浸透していかないと思います。ぼくのまわりには原発は必要だ、いまあるものは活用すべきだ、という人たちもかなりいます。彼らと話していて感じるのは、自分の欲しい知識や情報だけを使っているということです。自分が聞きたいことだけに耳を開いている。アメリカのものはだめだが日本製の原発は安全だとか、自然界にも放射能はあるのだから、少しくらい放射能を浴びても大丈夫だといった議論になるわけです。これはぼくたちも同様で、自分の欲しい知識や情報だけを使っている面はあるでしょう。そういう取捨選択を、意識・無意識のうちに誰でもしているわけです。<br />
　だから原発の危険性を訴えても、通じる人には通じるけれど、通じない人には通じない。同じ考えの人には共感をもって受け入れられるけれど、それ以上には、なかなか広がっていかない。結局、脱原発という一つの立場になってしまう。それでは現状を変える力、いまある現実を超える力にはなっていかない気がします。脱原発の立場として、ぼくたちが人間の人間性に触れるような言葉をもつことができるかどうか。立場を超えて言葉を届かせることが、いま問われているように思います。そこがいちばんの考えどころだし、そうした言葉をもちうるとき、ぼくたちの運動に人間としての心が入るといいますか、賛成や反対といった立場の違いを超えて、一つ高い次元に立つことになると思います。<br />
　非常に困難なことですが、ぼく自身は自分のやっている文学を通して、そういうことを考えつづけたい。それが人間を蘇生させるということではないかと思います。<br />
　　　（２０１３．９．２１　福岡市糟屋町サンレイクかすや）
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		<title>なぜ核エネルギーに反対するのか</title>
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		<pubDate>Mon, 24 Jun 2013 07:29:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kyoichi Katayama</dc:creator>
				<category><![CDATA[猫々通信]]></category>

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		<description><![CDATA[１ 　最近はときどき、こうして講演会などに呼ばれてお話しするのですが、どうも主催者側は「愛」という言葉をからめた流れにもっていきたいみたいで、今日の講演のタイトルも、「原発をやめ、愛ある日々と未来を」ということになってい &#8230; <a href="http://www.kkatayama.net/blog/?p=449">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
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１<br />
　最近はときどき、こうして講演会などに呼ばれてお話しするのですが、どうも主催者側は「愛」という言葉をからめた流れにもっていきたいみたいで、今日の講演のタイトルも、「原発をやめ、愛ある日々と未来を」ということになっています。なんなんでしょう、「愛ある日々」っていうのは。ぼくの方が教えてもらいたいくらいです。去年の暮れに、玄海原発訴訟で意見陳述をしたのですが、そのときの地元の新聞の見出しも、「法廷の中心で、脱原発をさけぶ」というものでした。だいたいそういう感じなので、もう少々のことでは驚かなくなりました。<br />
　先の意見陳述のなかで、「核エネルギーの問題を放置して小説を書きつづけることは、自らの文学を否定してしまいかねない矛盾と欺瞞を抱えることになる」とかっこいいことを言っていて、今日の講演会のチラシにも引用してもらっているのですが、最初にそのことを少しお話しようと思います。そもそも文学とは何か、どういうものかということですが、ぼくは文学というのは人間という概念の拡張をめざすものである、人間の様々な可能性を探るのが文学である、というふうに考えています。<br />
　人間という概念を拡張するというのは、どういうことなのか。わかりやすいところで言えば、百メートルを九秒台で走ることも、人間という概念の拡張にあたるかもしれません。あるいは八十歳でエベレストに登るとか、人間としての限界に挑戦して、それを打ち破ることは、既存の「人間」という概念を拡張することになるでしょう。すると小説は、モーツァルトやレオナルド・ダ・ヴィンチみたいな天才のことを書けばいいことになります。実際にルネサンス期には、人々は「天才」という概念のなかに、人間の理想を見ようとしました。天賦の才能を与えられた人たちのなかに、通常の人間を超えるものを見出そうとした。それによって人間という概念の拡張がはかられたと言えます。<br />
　しかし皆さんが小説を読まれると、とくに一九世紀以降の近代文学と呼ばれる作品のなかには、そういう天才的な人たちの話はあまり出てこないと思います。いわゆる偉人たちのことを書いたものも少ない。むしろ人間の弱さとか卑しさ、強欲さ、残酷さ、残虐性といった、悪い面や暗い面を描いた作品の方がずっと多いでしょう。また、そうした作品にすぐれたものが多いことも、文学の面白いところです。たとえばマルキ・ド・サドやドストエフスキー、あるいはフォークナーの作品のように、人間の明白な悪を描いた小説のなかにも、高い文学的価値をもつものがあります。こうした作品においても、人間という概念の拡張が起こっていると言えるのでしょうか。それがなぜ人間の様々な可能性を探ることにつながるのでしょうか。<br />
　二つの面から考える必要があると思います。一つは、作品のなかに描かれた内容をとおして、人間というものは、こんなことを考えたり、こんなことをしでかしたりするものなのだ、ということを具体的に表現することによって、人間の幅を広げると言いますか、人間理解の幅を広げようとするのです。これは天才の生涯を描いても同じです。彼は波乱万丈の生涯を送りながら、こういう苦労をしながら偉大なことを成し遂げた。それはそれで読者を説得するでしょう。しかし文学作品としてはちょっと物足りない感じがします。つまり自分とはかけ離れた人間の話ということで、どうしても共感の度合いが弱い。さらに偉大さ、立派さというのは、やはり人間の一面でしかない。そういう面だけで人間をとらえると、人間のイメージが薄っぺらなものになってしまう。その物足りなさもあります。<br />
　むしろ自分と似たような人間が、これだけ深く苦悩している、こんなに豊かな感情をもっている、ということを示す方が説得力もあるし、人間理解としてはより深いところまで届いていると言えるかもしれません。そこでたとえば、一つの観念にとりつかれることで普通の青年が罪もない老婆を殺したり、上流階級の真面目なご婦人が、ある状況に置かれることで姦通の罪を犯したりする話が書かれるわけです。その方が身近でリアリティがあり、小説としても面白いということになります。<br />
　どこにでもいそうな人たちが、可能性として非常に大きな思考や感情や行動の幅をもって生きている。善にも悪にも、人間の振幅は果てしなく広いものなんだということを、虚構という小説の特質をうまく使いながら生き生きと示す。そういうことを文学はやろうとするわけです。それは天才と呼ばれる人たちがもつ輝かしい能力、人間が全能であることへの自己反省も含んでいると思います。有能であること、偉大であることは、果たして人間にとっていいことなのだろうか。人間の価値や理想は、そういうところに求められるのだろうか……というふうに、既存の人間理解や人間認識に揺さぶりをかけることで、人間という概念を拡張しようとする。そのことで人間にたいする認識が深まったり、視野が広がったりすることがあると思います。これが第一の点です。<br />
　もう一つ、重要な点があります。それは小説を読む側、読者にかかわることです。たとえば人を殺す話なんてとんでもない、殺人が描かれた小説など出版禁止にすべきだ、と思っている人には、ドストエフスキーやフォークナーの小説は読めないでしょう。自殺はけしからんというなら、ゲーテの『ウェルテル』はけしからん小説ですし、姦通はけしからんという人には、フローベールの『ボヴァリー夫人』やトルストイの『アンナ・カレーニナ』はけしからん小説ということになります。赤裸々な性表現は許せないという人は、Ｄ・Ｈ・ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』やヘンリー・ミラーの『北回帰線』はお読みにならない方がいいでしょう。サドの一連の小説などは、地上から抹殺した方がいいということになりそうです。<br />
　これらの作品を文学として観賞するためには、善悪とか貞操とか猥褻とか、そういう通説的な倫理観、道徳観念のようなものを、ひとまず括弧に入れなければなりません。それが小説を読むということです。もちろん現実の殺人が悪いことであるくらい誰でも知っています。しかし善悪という場所で、あるいは個人的な快・不快という場所で、小説を文学として観賞することはできません。明治時代に黒田清輝がはじめて裸体画を出展したとき、それを見た当時の日本人は非常に驚いて、一種のスキャンダルになったそうです。社会的な風紀を乱すということで撤去を求められるとか、そういうことがあったわけです。いまは誰でも普通に裸体画を観賞します。それは日本人の自我のあり様が変わった、一人一人の自我が少し広がった、膨らんだということだと思います。性的な関心にとらわれていたのでは、裸体画やヌード写真を鑑賞することはできません。だから社会風紀的にけしからんという人たちの方が、女性の裸を性的に見ているということになるわけです。<br />
　芸術とか美とかいう概念が成り立つためには、道徳的な判断や個人的な好き嫌いをひとまず離れなければなりません。それは道徳的なものを否定するということではありません。道徳的な判断にたいしてニュートラルな場所に立つ、あるいは個人的な好みや快・不快を離れて物事を見たり、判断したりするテクニックや操作法を身につけるということです。文学作品を読んだり、美術や音楽などの芸術を鑑賞したりすることによって、ぼくたちは一つの民族や国家や共同体に属することで、無自覚に身につけている狭い価値観を脱し、より広い視点で、より広い視野で物事を見る術を身につけていきます。それは自我という場所、自分という領域が広がっていくことでもあります。自分の感情や利害を離れて、より公正に、よりブリックな視点で世界を見る。現にある自分という場所を離れ、より広く、より長いタイム・スパンで対象をとらえる。<br />
　それが「自由」ということです。人間にとっての「自由」ということだと思います。つまり人間の自由は二つの面から考えられるのです。一つは、人間というのは可能性として非常に広い幅をもって存在しているということ。善にも悪にも無限の広がりをもつものだということ。そういう理解や認識を深めることが、ぼくたちが自由であるための一つの条件です。もう一つは、国家とか共同体といった自分が偶然に生きている場所を離れて、その場所に規定された価値観を離れて、できるだけ広い視野や視点で物事を見る術を身につけるということです。言い換えれば、それは「人類」とか「人間」という視点をもちうるということです。<br />
　ぼくたちは一つ個として生きているし、一つの個体としての生命は有限です。また個人としてなしうることには、自ずと限界があります。いくら足が速くても、生身の人間が百メートルを五秒台で走ることはできないでしょう。いくら寿命が延びても、二百歳までは生きられないでしょう。そういう意味では、ぼくたち一人一人の存在は有限です。しかし「こうありたい」と望むこと、「こうあるべきだ」と構想することは、無限の広がりをもちうる。過去と未来を貫いて人類全体を眺望しうるものです。それが「人間」という場所に立つことであり、「自由」ということであり、主体的に生きるということだと思います。そのような自由と主体性を、文学はめざしていると言っていいと思います。いかにして人間は自由でありうるか。主体的に生きることができるか。それを考えるのが文学であると、ぼくは思っています。<br />
　すると核エネルギーというのは、こうした文学がめざしているものを否定する、その方向性や志向性と真っ向から対立するものであると言えます。つまり人間はいかにして自由でありうるか、いかにして主体的に生きうるか、といった可能性を探ろうとすることに真っ向から対立する、人間の自由や主体性そのものを否定する、それの一つの象徴が核エネルギーだと思うのです。<br />
　人間の技術にかんして、もっとも本質的な検討を加えているのはハイデガーだと思います。彼が繰り返し言っていることは、技術とは人間に制御しえない何かだ、ということです。人間は技術にたいして、けっして超越的に振舞うことができない。人間が技術をコントロールしているというのは、見せかけだけのことに過ぎない。コントロールすることは、すなわちコントロールされることである。このような相互的、双方向的な関係こそが、人間の技術の本質である。そのことをハイデガーは「ゲシュテル」という言葉を使って説明しています。<br />
　たとえば水力発電や火力発電にかわって原子力発電という新たな技術が登場することは、技術や産業の歴史として見れば、進歩や発展ということになるのでしょうが、それは同時に、原発を厳重な管理のもとに運転し、一歩間違えば取り返しのつかない放射能災害を引き起こすというような、よりストレスフルな技術との関係にとらわれることを意味しています。そのようにして原子力発電という技術は、ぼくたちの自由や主体性を奪っているわけです。逆に言うと、原子力発電を選択することで、ぼくたちは非常に強い技術的な拘束の下に生きることを選んでしまっているわけです。<br />
　しかも原子力発電の場合は、現在のぼくたちの自由や主体性を奪うだけでなく、未来の人たちの自由や主体性を奪うことにもなる。たとえば放射性廃棄物については、人間的環境から隔離した状態で数万年以上にわたって保管されなければならないとされていますが、要するに、処理方法のわからないものを未来に押しつけるということでしょう。地球環境や資源の問題なども同じです。二酸化炭素の排出基準をめぐっては、欧米や日本をはじめとする先進国が、自分たちの利害だけで合意を形成して、その合意を世界に押しつけようとしている。たった半世紀ほどのあいだに繁栄を謳歌した、地球上のごく一部の人間が、そういうことを決めようとしているわけです。実際に負の遺産を引き受けるのは未来に生まれる人たちですから、自分たちのツケを未来に押しつけようとしていると言ってもいいと思います。<br />
　仮に核エネルギーをめぐる技術体系を完成させて、人間に害を与えないようにマネージメントできるようになったとしても、そこにより大きな、より深刻な技術的弊害や破壊性が待ち受けていることは、先に触れたハイデガーの技術にかんする考察からして避けられないことです。それが技術の本質であり、技術の厄介さ、忌まわしさなのです。したがって原子力発電を選択するということは、より技術的な未来を選択するということであり、非常にストレスフルな技術に拘束された人々を未来に生み出してしまうことになります。ここにも未来と他者にたいする現在からの規定や限定があります。<br />
　このように核エネルギーを容認することによって、ぼくたちは自らの自由や主体性を損なうことになります。さらには現在の自分たちの利益や都合のために、未来に生まれる者たちの自由や主体性まで奪うことにもなります。先の意見陳述のなかで、「核エネルギーの問題を放置して小説を書きつづけることは、自らの文学を否定してしまいかねない矛盾と欺瞞を抱えることになる」と述べたのは、おおよそ以上のような意味です。<br />
<br />
２<br />
　ぼくは大学では農学部というところに入りまして、これは理系ですから、そのころは国語や英語よりも数学や理科の方が得意だったんですね。高校時代まではまったく文学的な香りとは無縁の生活をしておりまして、大学に入って一般教養の国文学の授業ではじめて夏目漱石を読みました。いまでもぼくは日本の作家のなかでは漱石がいちばん好きですが、彼の主だった作品を一通り読んだあとで、たとえば森歐外などを読むと、とても古風というか、古めかしい感じを受けます。『舞姫』のように雅文調で書かれたものだけでなく、『雁』のような現代小説を読んでも、やっぱり古めかしい感じを受けるのです。<br />
　もちろん『雁』はいい小説ですし、好きな作品ですが、漱石の『それから』や『門』や『こころ』などと比べると、とても同時代の作品とは思えない、一つ時代を遡った作品のように思えてしまうのです。年齢的には鷗外の方が五つほど上ですが、もっとずっと世代が違うように感じられる。『雁』という作品の舞台は明治十年代ということになっています。岡田という学生が主人公で、彼と高利貸しの妾になっている女性との淡い恋、すれ違いの恋が主題として描かれていく。ですから一応、恋愛小説なのですが、描かれている世界が特殊というか、要するに妾の世界、お金で買われた女性たちの世界です。鷗外は他の作品でも遊女のような、いわゆる玄人筋の女性をよく描いています。これは谷崎潤一郎や永井荷風などにも言えることです。彼らは実生活でも吉原とか柳橋とか向島とか、江戸時代の名残のような場所、遊女たちとの粋な遊びの世界をよく知っていたのだと思います。<br />
　江戸時代の恋愛というのは、人情本にしても浄瑠璃にしても、たいてい吉原のような遊郭が舞台です。そこで描かれるのは、主に既婚の男と花柳界の女性とのあいだの色恋ということになります。たとえば商家の旦那が遊女に惚れ、金銭問題がからんで心中したり、女を殺したりするわけです。近松門左衛門などは、実際に起こったこと、いまで言うとニュースの三面記事のような題材を、巧みに作品に取り込んでいたようです。それがヒットしたということは、当時の庶民に支持されていた、共感されていたということでしょう。そのころは自由な恋愛などありませんし、結婚は家同士の結びつきという面が強かった。だから男は家の外で、玄人の女性を相手にしたわけです。鷗外や谷崎、荷風といった人たちの小説は、そういう江戸時代の男女の色恋の面影をよく残していると言えます。<br />
　それにくらべると、漱石の小説に描かれる恋愛はものすごくモダンです。お金を介在させたプロの女性たちとの色恋ではなく、わりと教養のある中産階級の男女の、ぼくたちから見れば普通の恋愛です。つまり対等な男女の恋ということになります。だいたい漱石は堅物というか、根が真面目な人なので、プロの女性たちの世界は知らなかったし、あまり興味もなかったのだと思います。ですから小説のなかでも、明治維新以降に生まれた新興ブルジョアジー、漱石自身の言葉でいうところの「高等遊民」的な人たちの恋愛を描いている。さらに漱石の場合は、男女の性にたいして非常にニュートラルというか、一人の人間と人間の関係として男女の恋愛を描こうとしているようなところがあります。彼の小説でしばしば取り上げられるテーマは、男女の三角関係、一種の不倫関係ですから、明治の社会にあっては親兄弟をはじめとしてみんなから糾弾されるわけです。そういう当時の社会道徳や社会制度と真っ向から衝突してしまう関係に立ち至った男女が、どのように生きていくか、とくに男は相手の女性をどのように扱うべきか、というのが漱石の文学のとても大きなテーマです。ですから彼の作品は、いまぼくたちが読んでも普通に読める、現代の男女の恋愛として共感をもって読めるということになります。<br />
　それにくらべると、鷗外などの女性の描き方、作品のなかでの扱い方はどうしても古風です。お金を介在させた男女の関係がメインになっている。女性はお金をもらって男と関係をもつ。あるいはお金によって囲われる。もちろん多くの場合は不本意に、そうした境遇に身を置いているわけでしょう。男の方から見ると、お金で女性と関係をもち、都合が悪くなると、やはりお金で関係を解消する。そういうことを普通にやっている。当時の感覚としては、悪いことでもやましいことでもなかった。鷗外にしても、特別にひどい男だったわけではなくて、まあ普通だった、男としては世間並みだったということでしょう。むしろ漱石の方がうんと先進的だった、非常にモダンな問題意識をもっていたということだと思います。<br />
　この問題を、もう少し考えてみます。漱石の同世代の文学者に、北村透谷という人がいます。この人は非常に早熟で、あまり早熟過ぎたのか二十代半ばで自殺してしまいます。詩人でもあり、思想家でもあります。文学史的には、日本における恋愛至上主義のはしりと位置づけられ、島崎藤村などに大きな影響を与えたとされています。短い人生のわりにはいろんなことをやっていて、早稲田大学に在籍しながら自由民権運動に参加していますし、運動に挫折したあとキリスト教の洗礼を受け、さらに結婚もしています。鷗外が『舞姫』を書いたころに、彼は「恋愛は人世の秘やくなり」という文章ではじまる『厭世詩家と女性』という評論を発表しています。「厭世的な詩人」というのは透谷自身のことです。つまり自由民権運動に参加して挫折し、絶望して厭世的になったということでしょう。そういう自分にとって、最後の拠り所が女性だ、女性との恋愛だと言っているわけです。<br />
　たんに女性に慰安を求めたということではなかったと思います。もっと積極的な意味が込められている。それは自己意識の問題と言っていいと思います。学生時代に透谷は、自由民権運動というかたちで政治・社会的な運動に参加していきます。社会的な現実のなかで自由や理想を追い求めたはずです。しかし現実の壁に跳ね返されて挫折し、絶望したときに、あらためて自分が生きる意味を考えなければならなくなった。何によって自分を支えるか、どのように自我を救済するか、自分が自分であることの根拠をどこに見出すか、といったことです。そして透谷の出した答えは「女性」でした。女性との関係であり、恋愛ということでした。するとこの恋愛には、自分が自分であることのすべてが賭けられていると言っていいはずです。現実の近代化の運動に挫折したとき、透谷のなかで自己という意識の近代化、自我の近代化ということが真剣に考えられたのだと思います。<br />
　これは漱石の一連の作品にも通じるテーマですし、漱石の強い影響を受けた芥川龍之介とか、その後の有島武郎などにも受け継がれていく、日本の近代文学にとって大きなテーマであると言えます。つまり近代と恋愛を結びつけて考えたということ、彼らにとって恋愛は、そういう意味をもっていたということです。近代とは何かということを、自我や自己意識の問題として考えたとき、ほとんど唯一の答えとして「恋愛」に行き着いてしまう。これは後発近代国家である日本にとって、あるいは日本の近代文学にとって、非常に大きな問題と言えるかもしれません。<br />
　透谷をはじめとして、芥川にしても有島武郎にしても、キリスト教の影響を非常に強く受けています。田山花袋や島崎藤村や国木田独歩なども、若い時期にキリスト教の感化を受けています。彼らがキリスト教に引きつけられたのは、キリスト教が博愛や隣人愛といった、他者との新しい関係の可能性を開示するものだったからだと思います。それは一言で言うと、他者を公正に扱えということです。これを社会現実のなかで実現しようとすれば、自由民権運動や社会主義運動のようなものになるでしょう。実際、有島武郎の場合は社会主義に深く関与していき、最後は自分の農場を小作人に解放したりしています。<br />
　しかし当時の日本の現実として、自由や平等が社会的に実現する可能性はほとんどありませんでした。北村透谷のように言うなら、そうした社会的現実に敗れたとき、彼らは女性たちとの関係に活路を見出したということになるでしょう。つまり社会現実的なレベルで実現不可能な近代的自我を、彼らは女性たちとの関係に求めたということです。後発近代国家である日本において、近代的自我はどのようなものでありうるかと問うたとき、黎明期の文学者たちは、それを江戸時代の因習的な男女の関係とは断絶したところで成立する恋愛、自由で対等な恋愛というところでつかまえようとしたのだと思います。家柄や財力や社会的地位といった制度的なものを抜きにして、一人の女性とのあいだに純粋で自然な愛情による関係が成立すること、相手の女性を人間として対等に公正に扱うことが、すなわち彼ら自身の近代的な自我や自己に対応していると考えられたのです。<br />
　このような意志はどこから来るのでしょうか。明治時代の女性の立場は、いまのぼくたちからすると考えられないくらい弱いものだったと思います。そういう女性にたいして強権的に振舞うのではなく、また庇護者として振舞うのでもなく、対等な人間として対処する、弱い立場に付け入ることなく公正に扱う。なぜ彼らは、そんなふうに振舞おうとしたのでしょう。誰かから命令されたわけではない。彼らの多くがキリスト教の感化を受けたといっても、神から命令されたわけではないでしょう。強いられて、義務的にそうしたわけではない。何か超越的な規範や掟みたいなものがあったわけでもない。ただそうしたいからそうした、という以外の理由はないように思います。<br />
　そうすることが嫌ではなかった、どちらかというといい感じだった。快・不快でいえば快であった。少し理屈っぽく言えば、彼らは主体的であろうとした、自由であろうとしたのだと思います。相手の女性を対等に、一人の人間として公正に扱うことが自由と感じられた。主体的に振舞うことだと感じられた。自由にしても主体性にしても、自分一人だけのものではありません。ぼくたちが主体的であり自由であるのは、他者との関係においてです。他者を自由な存在として扱わなければ、自分が自由とは感じられないでしょう。相手の主体性を認めなければ、自分の主体性も実感されないでしょう。<br />
　こうした自由や主体性のなかには、たとえば自分の欲望を抑制して、他者の欲望を優先させるということも含まれています。これは誰もが普通にやっていることです。自分の欲しいものを買うかわりに、好きな人のプレゼントを買う。殊更な禁欲意識もなく、そういうことができてしまう。なぜでしょう？　なぜそんなことができてしまうのでしょう。自分の欲しいものを買うことよりも、誰かに贈り物をすることで得られる喜び、満足感の方が大きいからです。それが人間と動物の大きな違いです。動物たちの快・不快は、いわば生命活動と一つになっています。餌を食べることが快であり、飢えることは不快です。もちろん動物たちも、親が自分の餌を子に与えることはあるでしょう。それは本能としてやっているのだと思います。<br />
　人間の場合は、自分の空腹を代償にして相手の空腹を満たすことで、より大きな価値をつくり出すことができる。自分の欲望を抑制して、他者の欲望を優先させることを快と感じることができる。そこが人間と動物の決定的な違いであり、人間のもっている非常に大きな可能性だと思うのです。たとえば「美味しい」という感覚は、けっして自分一人ではつくり出すことができません。自分が食べるつもりだった食べ物を誰かにあげて、それを食べた相手が思わず笑みをもらしたとき、「美味しい」という感覚は生まれたと思うのです。その相手の笑顔を自分のものとして味わったとき、「幸せ」という実感は生まれたのではないでしょうか。<br />
　そういうことを原発についてもやればいいじゃないかと思います。理屈は簡単です。ちょっと考え方を変えるだけでいい。つまり未来に生まれる者たちに安心して生活できる環境をプレゼントして、彼らがニコッと微笑んでくれることを、ぼくたち自身の幸せにすればいいわけです。冗談っぽく聞こえるかもしれませんが、ぼくは本気でそう思っています。なぜなら人間とは、そういうことがやりたくてしょうがない生き物だからです。<br />
　自分よりも他者の利益を、現在よりも未来の便益を優先させることを人間は知っている。自分たちの不利益を受け入れることで、未来に生まれる者たちを公正に扱い、彼らとのあいだに健全な関係を築いてこうとする。それを快と感じることができる。そうした自己のありかたを、ぼくたちは悦ばしいもの、快いものと感じることができる。なぜなら、それが人間にとって「自由」ということだし、「主体性」ということだからです。近代の文学者たちが追求したテーマを、現代に応用すると、そんなふうに言えると思います。<br />
<br />
３<br />
　最後に、今度出る本について、少しお話をさせてもらいます。７月にNHK出版から、『死を見つめ、生をひらく』という新書が出ます。この本で問いかけたかったのは、現在、ぼくたちはどのような自己を生きているのだろうか、ということです。そうした自分に耐えることができるだろうか。<br />
　たとえば経済成長みたいなスローガンを、いまだに掲げる人たちがいます。しかし経済的に豊かになることで、もうぼくたちは幸せになれないのではないか。ぼく自身の実感から言えば、そんなことには飽き飽きしているし、いい加減疲れている。数年前に中国に追い抜かれたとはいえ、日本のＧＤＰは世界第三位です。それだけの経済力をもちながら、ぼくたちはちっとも豊かさや幸せを実感できないでいる。だからさらなる経済成長をめざそうということになるのでしょうが、もともとめざしているものが間違っているのではないでしょうか。<br />
　いま何がリアルかということを考えてみます。原発を稼働させないと日本の社会が行き詰ってしまう。そのことがリアルでしょうか？　国防軍をつくって軍備を増強しなければ、どこかの国に侵略されてしまう。そのことがリアルでしょうか？　全然違います。為政者たちはまったく見当はずれなことを言っているのです。そんなことよりも、たとえば経済格差を梃子にして大量のモノを消費しつづけることで、目に見えないところで誰かを虐げたり、誰かのものを奪ったりしているのではないか。取り返しのつかないまでに自然を破壊し、地球の環境を損なっているのではないか。そうした不安や懸念の方が、よほどリアルではないでしょうか。つまり自分の生きていることが否応なしに、不正で不当なことにかかわっている。そのことの不快感、嫌悪感……それがぼくたちにとってのリアリティだと思うのです。このリアリティをこそ、問題化しなければなりません。<br />
　ぼくたちが幸せや豊かさを実感できないのは、現在の日本人の生活自体が、何かしら不正で不当な仕組みのなかに取り込まれているからではないでしょうか。また日本人が自ら、そうした生き方を選択しているからではないでしょうか。するとぼくたちがめざすべきは、経済成長や軍備増強ではなく、他者を公正に扱うことです。不正で不当なことにかかわっている自分から離脱することです。<br />
　現に国内には、原発事故によって苦しむ人たちがたくさんいます。これらの被害者は、たまたま事故によって顕在化しただけで、原子力発電という技術を採用した社会においては、潜在的に生み出されていた被害者です。つまりぼくたちは潜在的に、誰もが被害者でありうる社会に生きていたし、いまも生きていると言えます。しかも事故や被害の実態はいまだに伏せられたままだし、国も電力会社も、被害者を積極的に救済しようとはしていません。そうした状況を、ぼくたちは結果的に等閑視し、放置することになっている。この不正さ、不当さを考えると、いまの日本の社会に灯っている電灯が、明るいわけがないじゃないかと思います。この社会の明るさはまやかしなのです。まして原発を海外へ輸出するなど、いったいどういう神経をしているのか。そんなことをやっているかぎり、ぼくたちが豊かになることも、幸せになることもありえないでしょう。<br />
　原発から離脱することは、現在のぼくたちの生き方から離脱することです。不正で不当なことにかかわっている自分から離脱しようとすることです。経済成長や大量消費はいい加減に切り上げて、みんなで豊かに幸せに貧しくなっていく方法を考えるときではないでしょうか。そのことで他者を公正に扱おうとする。それは充分に、ぼくたちが生きるモチーフになります。誰でも、そうした生き方を望んでいるはずです。みんなこれをやりたくないわけがない。なぜならそこには、恋愛と同じモチーフが、同じ情動が流れているからです。恋愛と同じ喜びや充実感があるからです。しかも恋愛と違って賞味期限がありません。八十になっても九十になっても現役でありつづけることができる。とりわけ高齢化社会へ向かっている日本の社会においては、一つの未来イメージになるのではないでしょうか。<br />
　時間になりましたので、これで終わらせていただきます。<br />
（２０１３．６．２３　松山市愛媛大学）
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		<title>あの本、この本⑫</title>
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		<pubDate>Sat, 15 Jun 2013 23:53:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kyoichi Katayama</dc:creator>
				<category><![CDATA[猫々通信]]></category>

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		<description><![CDATA[『死を見つめ、生をひらく』について 　現在、私たちはどのような自己を生きているのだろう。そうした自分に耐えることができるだろうか。たとえば医学や生物学が定義する死、死はすべての終わりで、そこから先は無であるというような考 &#8230; <a href="http://www.kkatayama.net/blog/?p=445">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<strong>『死を見つめ、生をひらく』について</strong><br />
<br />
　現在、私たちはどのような自己を生きているのだろう。そうした自分に耐えることができるだろうか。たとえば医学や生物学が定義する死、死はすべての終わりで、そこから先は無であるというような考え方に、私たちは耐えられるだろうか。<br />
　死は虚無であり、それ自体は無意味である、と一つの社会全体がみなしているとすれば、非常に特異なことだと言えます。そんなふうに死を位置づけた社会は、過去にも現在にも、ほとんどないはずです。なぜなら死を虚無と考えることに、人間は耐えられないからです。だから死者は埋葬されたのです。様々な葬制が考え出されてきたのです。人間の歴史は死者たちとともにありました。死者や死後を考えるのが人間であると言っていいくらいです。この社会が死を虚無とみなすなら、それ以外の答えを死にたいしてもちえないなら、ぼくたちは人間以外のものになりつつあると考えるべきでしょう。<br />
　人間の生は個体のものであるとともに、個体を超えたものでもあります。現在とともに、歴史や伝統のなかにある。そのようにして人は生き、死に赴いてきました。ところが日本の社会においては、長い歴史や伝統のなかで培われてきたものが、四十年や五十年というきわめて短い期間に、根こそぎ姿を消してしまいました。いまのぼくたちは、歴史や伝統から見捨てられた状況にあると言えます。その結果、「現在」と「自己」が全面化することになっている。いま現にある自分から離れられなくなっているのです。<br />
　こうした社会では、個人の利害や感情を括弧に入れることができないために、倫理的なものが成り立たなくなります。たとえば善悪に基づいて行動することよりも、経済合理性のようなものが幅を利かせてしまう。さらに死は、全面化した「現在」と「自己」の終わりとして、虚無でしかありえなくなります。ゆえに「延命」だけが、唯一の社会的価値になる。空虚と孤独に取り囲まれた状況の異常さを、ぼくたちは自覚すべきだと思います。なぜそうなっているのか。そうした生き方を強いるものは何か。<br />
　この本で投げかけたいのは、以上のような問いです。死の考察をとおして、そのことを積極的に問題化してみたいと思います。<br />
（『死を見つめ、生をひらく』NHK新書）
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		<title>猫々通信⑭</title>
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		<pubDate>Thu, 23 May 2013 09:12:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kyoichi Katayama</dc:creator>
				<category><![CDATA[猫々通信]]></category>

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		<description><![CDATA[憲法九条は私たちだけのものではない 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 憲法改正の機運が高まっている。改正の必要性も趣旨も充分に議論されないまま、改正のための手続きだけを簡便化し &#8230; <a href="http://www.kkatayama.net/blog/?p=439">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<strong>憲法九条は私たちだけのものではない</strong><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
 憲法改正の機運が高まっている。改正の必要性も趣旨も充分に議論されないまま、改正のための手続きだけを簡便化しようという動きに強い懸念をおぼえる。たまたま現在を生きている私たちの、多聞に気まぐれとも言える判断によって、歴史上類を見ない憲法を変えてしまっていいものだろうか。そのような権利が、私たちにあるのだろうか。<br />
　私は常々、憲法九条は日本国民だけのものではないし、現在を生きている者たちだけのものでもないと思っている。少なくとも、戦力の不保持と交戦権の否認を規定した非戦条項は、人間はどのようなものになっていくべきか、世界はどうあっていかねばならないか、という本質論や原理論に届いている。それは一国民の多数意見によっても奪ってはならないものである。<br />
　自主憲法制定を主張する人たちがいる。現行憲法は敗戦後にアメリカによって押しつけられたものであるから。私はむしろ「押しつけられた」ものであること、自主憲法でない点が重要だと考えている。あの戦争では勝った方も、ただ勝って良かったと思ったわけではないのだ。百万を超える日本国民の死は言うまでもなく、五千万とも言われる犠牲者を出した大戦が終結し、勝った方も負けた方も、「もうたくさんだ」と心底から思った。そうした人類共通の思いが、一瞬の閃光を放ったものが憲法九条ではないだろうか。私たちの憲法は、一国の国民が任意に作ったものなどではない。だから貴重なのである。<br />
　文章にすれば、たった数行に過ぎない。その数行のなかには、これまでに人類が生み出してきた死者たちの思いが凝縮されている。彼らの沈黙を聞き取らなければならない。憲法九条は、過去の死者たちから私たちが預かったものである。「押しつけられた」と言うのは勝手だが、押しつけた相手がアメリカというのは間違っている。押しつけたのは無数の無名の死者たちである。私たちには、それを損なうことなく、健全な状態で未来に引き渡す責務がある。<br />
　その憲法九条の精髄は、あくまで戦力の不保持と交戦権の否認を定めた非戦条項にある。平和主義ではない。たとえば戦力不保持のくだりを、「自衛のための戦力を保持する」と改めるなら、現行憲法はなんの取り柄もないものになってしまうだろう。識者たちが指摘するように、平和条項をもつ憲法は世界中にたくさんある。現在ではほとんどの国が、平和主義を標榜していると言っていい。それらの国の多くが、普通に武器を輸出したり、戦争をしたり、紛争に巻き込まれたりしている。<br />
　「主義」では意味がないのだ。現実に平和をもたらす力があるかどうか。戦後六十有余年の日本の歴史は、現行憲法が現実に平和をもたらしうるものであることを実証しているのではないだろうか。たんに戦争に巻き込まれなかったというだけではない。日本は戦後一貫して武器を輸出してこなかった。その一事をもってしても、憲法九条に定められた非戦条項によって、日本は世界平和に現実的に寄与し、現実的に貢献してきたと言える。<br />
　いまのアメリカを見ると、自国が輸出した武器を手にした国と、つぎつぎに戦争をしなければならない状態になっている。軍事産業をはじめとして、戦争から利益を引き出すことのできた人たちだけが潤うという意味で、完全な軍事経済国家になっていると言っていい。そんな国に、私たちはつき従おうとするのだろうか。憲法九条を改正することは、日本が独立国になることではまったくなく、ますますアメリカという軍事経済国家への依存を深めることを意味している。その先に人類の理想も未来もない。<br />
　累々たる屍の上に一輪咲いた花を、気まぐれに引き抜くようなことをしてはならない。理想と未来は、私たちが手にしている憲法の非戦条項のなかにある。これを単独ででも守っていこうとすることが、日本がアメリカやヨーロッパの枠組みを脱する、一つのきっかけになると思う。
]]></content:encoded>
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		<title>猫々通信⑬</title>
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		<pubDate>Mon, 22 Apr 2013 23:57:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kyoichi Katayama</dc:creator>
				<category><![CDATA[猫々通信]]></category>

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		<description><![CDATA[癌治療について 　死にたいする感受性は、人によってかなり違う。病的に恐れる人もいれば、それほどでない人もいる。医療従事者だから、うまく対処できるというものでもないだろう。特権的なものは何もないと考えるべきではないだろうか &#8230; <a href="http://www.kkatayama.net/blog/?p=434">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<strong>癌治療について</strong><br />
<br />
　死にたいする感受性は、人によってかなり違う。病的に恐れる人もいれば、それほどでない人もいる。医療従事者だから、うまく対処できるというものでもないだろう。特権的なものは何もないと考えるべきではないだろうか。医者であろうと聖職者であろうと、怖いものは怖いし、苦しみや絶望を免れるわけでもないのだから。<br />
　そもそも医学が、人間を根本的に救うことはありえない。医学や生物学が扱うのは生命現象である。したがって死は生命活動の停止であり、生命システムの破壊として説明される。その先には何もない。すなわち終焉であり、あらゆる関係の断絶であり、完全なる虚無である。いくら考えても、それ以上のものは出てこない。こうした医学や生物学が定義する死にたいして、私たちの多くは恐ろしいとか、悲しいとか、寂しいといった感情を抱くのだと思う。<br />
　いくら医学が進歩しようとも、人間が死から解放されること、死から治癒することはありえない。つまり根底にある事実は、一ミリたりとも動いていないわけだ。人間は死すべきものである。なぜ、そうなのか。どうして死はあるのか。人によって生命の時間がまちまちであること、長寿であったり短命であったりすることを、いかに受け入れればいいのか。さらに言えば、医学が進歩して延命が可能になり、生命として地上にいられる時間が延びたとして、そもそも私たちはなんのために生きているのか。<br />
　以上のようなことがすべて諒解されないかぎり、死が本来的に生にたいする脅威としてある事実は、わずかながらも変容することはないだろう。私たちが死に向かいながら、自らを救うことができないという状況は、何も変わらないのだ。<br />
<br />
　たとえば現在、癌のスタンダードな治療法とされている手術、抗癌剤、放射線は、いずれも見方を変えれば、身体に加えられる熾烈な暴力である。生きている人間の腹を切り開き、臓器の一部を切り取る。こうした血なまぐさい暴力が、一切の刑事罰に問われないのはなぜなのか。それどころか私たちは、医者の言いなりになって、医学的な暴力の前に自らの大切な身体を差し出す。さらに切り刻まれた肉体をベッドに横たえ、自分を切り刻んだ者にたいして、涙を流さんばかりに感謝したりもする。おかしくないだろうか？　おかしいのは、こんなことを考える私だろうか。<br />
　それぞれの時代に、同時代の者たちを閉じ込める思考や認識の枠組みが存在する。その枠組みのなかで、私たちが受け入れている真理が形作られる。さらに真理によって正当化される権力、すなわち法や権利や規則体系や実践の仕組みが生まれる。これがミシェル・フーコーの言う「装置」、私たちを取り囲むようにして作動している、知と権力と真理の装置である。こうした装置のなかに、医療行為も組み込まれている。ゆえに、いかに残酷な暴力行為も罪に問われることはない。それどころか由緒正しい治療行為として、報酬の対象にさえなる。<br />
　癌患者になるということは、まさに知と権力と真理の装置にとらわれることだ。医者も同じ装置にとらわれている。より正確に言うなら、医者はこの装置によって生み出され、患者とともに装置を支え、維持していくことに奉仕する。しかし完璧な装置というものはありえない。どんな装置も歴史的であり、時代とともに否定され、修正されながら現在に至っている。そして現在だけが特別であると考える、いかなる理由もない。<br />
　私たちが受け入れている真理も、確実に誤謬の可能性を孕んでいる。人間の歴史を振り返ったとき、過去はさながら死せる真理の墓場といった様相を呈している。いま医学的に正しいと考えられていることが、いずれは賞味期限の過ぎた真理となる確率はきわめて高い。もちろん癌治療も例外ではない。現在、癌にたいして標準的に行われている治療は、百年後には間違いなく、一般の人たちを驚かせ、少なからず戦慄させるものになっているだろう。そのことに私は確信をもっている。<br />
　確信をもっているからといって、現在という水槽の外に出られるわけではない。それが知と権力と真理の装置の手ごわいところだ。私は個人的には、医者にかからない、検診は受けない、病院に近づかないといった防衛策を講じている。それこそ自己責任の問題だから、他人に勧めるつもりはないけれど、医療にたいしては一人一人が自分の判断で、好きなようにすることが基本だと思う。<br />

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		<title>ネコふんじゃった２００８（シーズン４）</title>
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		<pubDate>Sun, 21 Apr 2013 06:59:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kyoichi Katayama</dc:creator>
				<category><![CDATA[ネコふんじゃった]]></category>

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		<description><![CDATA[３６）生まれたときから、ずっと名盤 　このアルバムを最初に聴いたのは高校二年生の冬、友だちのＹ君の家だった。部屋の隅では、石油ストーブが燃えていた。ちょっとお腹が減ったので、Ｙ君がゆで卵をつくってくれた。コーヒーを淹れて &#8230; <a href="http://www.kkatayama.net/blog/?p=428">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
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３６）生まれたときから、ずっと名盤<br />
<br />
　このアルバムを最初に聴いたのは高校二年生の冬、友だちのＹ君の家だった。部屋の隅では、石油ストーブが燃えていた。ちょっとお腹が減ったので、Ｙ君がゆで卵をつくってくれた。コーヒーを淹れて準備完了。レコードに針を下ろす、一曲目の「愛のゆくえ」がはじまる。ぼくたちは卵の殻を剥きながらレコードを聴きつづけた。曲が進むにつれて、部屋のなかがヒートアップしていく。ぼくには音楽の熱気が、部屋の温度を上げているように思えた。<br />
　発売は一九七一年、Ａ面がロサンゼルス、Ｂ面がニューヨークでのライブ録音である。生まれた瞬間から、歴史的な名盤であることを約束された作品。その名声はビニール盤からＣＤに媒体が変わっても、まったく揺らぐことがない。それほど、ここで聴かれる演奏は時代を超えて圧倒的だ。まずダニーの歌とエレピが熱い。「きみの友だち」（キャロル・キング）や「ジェラス・ガイ」（ジョン・レノン）といったカバーのセンスも最高だ。さらにバックのミュージシャンたちの演奏も、これ以上は望みようがない。ソウル、ジャズ、ロック、クラシック……様々な音楽の要素を取り入れ、まさにワン・アンド・オンリーの世界を作り上げている。<br />
　ちなみにＡ面にはフィル・アップチャーチが、Ｂ面にはコーネル・デュプリーが、それぞれギタリストとして参加している。ベースのウィリー・ウィークスとともに、後にフュージョンというジャンルで一時代を築く人たちだ。そういう意味で、ぼくにとっては新しい音楽の世界へ扉を開いてくれた作品でもあった。<br />
　　（ダニー・ハサウェイ『ライブ』）<br />
<br />
３７）大好きな「大地の歌」だけれど<br />
<br />
　今年のサイトウ・キネン・オーケストラのメイン・プログラムは、マーラーの交響曲第一番『巨人』だったそうだ。コンサートを聴きに行った友だちからその話を聞いて、このところまたマーラーを聴いている。もう二十年近く前になるだろうか、ずいぶん入れ揚げて、いろんなディスクを買い集めたことがあった。<br />
　マーラーの交響曲では一番や四番あたりをよく聴くが、なんといってもいちばん好きなのは『大地の歌』だ。ひところは、この曲と心中してもいいと思うくらい惚れ込んだものだった。それほど好きな『大地の歌』だけれど、これはという理想的な演奏がない。たとえば一九五二年のワルター盤は名盤の誉れ高いものだが、ぼくはどうもフェリアーのメゾソプラノが苦手なのだ。六六年のバーンスタイン盤は偶数楽章をバリトンにしたのがマイナス、クレンペラーはテンポが遅すぎる……という具合で、どれもいまひとつ満足できない。どうやらオーケストラの演奏に加えて、テノールとメゾソプラノと二人の歌手を揃えなければならない点が、ネックになっているようだ。<br />
　そこで目先を変えて、最近はシェーンベルクが室内楽用に編曲したディスクをよく聴いている。ピアノが入っていたりして、はじめは違和感があるかもしれないが、少ない人数で演奏しているぶん、作品の輪郭がとらえやすい。二人の歌手もなかなか優秀で、マーラーの「歌もの」としての魅力は大きい。ハイブリッドのＳＡＣＤで、普通のＣＤプレーヤーでも再生できるので、見つけたら聴いてみてください。<br />
　　（マーラー『大地の歌』）<br />
<br />
３８）タルコフスキーとバッハ<br />
<br />
　バッハの宗教曲といえば、マタイ、ヨハネの両受難曲にロ短調ミサ曲、クリスマス・オラトリオと傑作揃いだが、どれか一つということになれば、作品の規模からいっても内容からいっても、やはりマタイ受難曲ということになるだろう。<br />
　ぼくがこの作品と出会ったのは、タルコフスキーの映画においてだ。彼の遺作である『サクリファイス』が公開され、さっそく劇場へ観にいった。すると作品の冒頭で、マタイ受難曲のアリアが流れてきたのだ。鳥肌が立つような、異様な感動をおぼえた。第一級の音楽が第一級の映像と結びついたときの威力を、あらためて感じさせられた。<br />
　さっそく三枚組みのＣＤを手に入れた。聴き通すのに三時間くらいかかったが、すでに新約聖書に親しんでいたこともあって、すんなり作品の世界に入ることができた。タルコフスキーの映画で使われていたのは第四十七曲のアリアで、ユリア・ハマリというアルト歌手がうたっている。そのディスクはヘルムート・リリングが指揮したもので、最初に買ったものだけに愛着がある。残念ながら、現在はカタログには載っていないようだ。<br />
　でも心配はご無用。素晴らしいディスクはたくさんある。代表的なものは、やはりリヒター盤ということになるだろうか。古いところではメンゲルベルク盤が面白い。古楽器を使った新しいものでは、バッハ・コレギウム・ジャパンのディスクが美しいように思う。少し値は張るが、最初の一セットだけは、日本語訳の付いた国内盤をお勧めします。<br />
　　（Ｊ．Ｓ．バッハ『マタイ受難曲』）<br />
<br />
３９）お行儀のいいコルトレーンを聴く<br />
<br />
　雪雲が低く垂れ込めた、寒い冬の日の午後、薄暗い部屋で本を読んでいると、どこからともなく、寂しくも懐かしいピアノの音色が聴こえてくる。エリントンの弾く「イン・ア・センチメンタル・ムード」のイントロだ。つぎはテナーサックス。一つ一つの音を慈しむように、コルトレーンが切ないメロディを吹きつづっていく。胸の奥が、少しずつ藍色に染まっていく。<br />
　そんなふうにして、年に何度か、このアルバムが無性に聴きたくなる。デューク・エリントンとジョン・コルトレーン。どういう経緯でこんな共演が実現したのだろう。名前だけを並べてみると、まったく接点のない組み合わせにも思える。二人が残した作品の傾向はずいぶん異なるし、歳は親子ほども離れている。ところがどっこい、生まれた作品は「歴史的名盤」と呼ぶにふさわしいもの。焼き物でいうところの「窯変」。ジャズという音楽には、どこか錬金術的なところがある。<br />
　この作品、端正な美しさという点では、数多いジャズ・アルバムのなかでも屈指のものではないか。アップテンポの曲も入っているが、作品全体を支配するのは落ち着いた、静謐なムード。まるで青の時代のピカソの絵のようだ。やはり相手がエリントン公爵ということもあってか、コルトレーンのアドリブも、いつになく繊細だ。けっして萎縮しているわけではなく、彼らしいフレーズを随所に繰り出しながら、節度を失っていない。そこが素晴らしい。これからジャズを聴こうという人にオススメです。<br />
　　（『デューク・エリントン＆ジョン・コルトレーン』）<br />
<br />
４０）春だ、ジャヴァンを聴こう！<br />
<br />
　現在も活躍するブラジルのミュージシャン、ジャヴァンがアメリカのメジャー・レーベルに移籍しての第一作は、日本でのデビュー作でもある。発表は一九八二年、一曲目の「サムライ」はスティーヴィー・ワンダーがハーモニカで参加しているという話題性もあって、けっこうヒットしたおぼえがある。全編ジャヴァンのオリジナルで、他にも「シーナ」「アサイ」など、名曲ぞろい。<br />
　ロニー・フォスターがプロデュースで、ハーヴィ・メイソンやエイブラハム・ラボリエリといった、当時のＬＡきってのスタジオ・ミュージシャンたちがバックを固める。つまり作りは完全にフュージョンあるいはＡＯＲなのだが、出てくる音は、どう聴いてもブラジルのコンテンポラリー・ミュージックとしか言いようのないもの。<br />
　とかくブラジルのミュージシャンがＬＡで録音すると、たんに耳ざわりがいいだけの、つまらない作品になってしまうことも多いのだが、このアルバムは成功した例と言えるだろう。洗練された音のなかにも、ちゃんと野性味を残している。ポルトガル語の歌詞に加えて、ジャヴァンの歌声、独特のリズム感などが、遠いアマゾンの風を運んでくる……ような気がする。<br />
　ところで、熱帯の珍しい鳥をあしらったジャケットは日本盤だけのものらしい。秀逸である。アルバムのイメージを決定づけている。オリジナルはジャヴァンの顔のドアップ！　インパクトがありすぎるというか、『ルース』というアルバムは、やはりこのジャケットで聴きたい。<br />
　　（ジャヴァン『ルース』）<br />
<br />
４１）素直に聴けなかったプログレシッブ・ロック<br />
<br />
　高校生のころ、大人になっても絶対に真似するまいと思ったのは、ゴルフとプログレ系のファッションだった。パッチワークをあてたジーンズにチェックのシャツという、ニール・ヤングのファッションを最高と思っていた当時のぼくには、彼らのセンスは許しがたいものだった。<br />
　とりわけイエスとエマーソン・レイク＆パーマー（ＥＬ＆Ｐ）には、しばし言葉を失った。本人たちはカッコイイと思っているらしいことも、事態を一層深刻にしていた。イエスの『こわれもの』や『危機』は好きだったけれど、恥ずかしくて、友だちにはレコードを持っていることを知られたくなかった。<br />
　ＥＬ＆Ｐの場合は、ＮＨＫテレビで放映された『展覧会の絵』が致命的だった。とくにキース・エマーソンときたら、上半身裸でキーボードを相手に器械体操まがいのパフォーマンス、挙句の果てにナイフを突き刺して楽器を壊してしまう。唖然としたまま番組を見終えたぼくのなかで、「ＥＬ＆Ｐ＝こけおどし」というイメージが形作られてしまった。<br />
　いまはやや冷静に、彼らの音楽を聴くことができる。エキセントリックなエマーソンのプレイが、クラシックとジャズをよく消化した確かなものだということもわかる。こけおどし的に聞こえる部分も、ほほえましく感じられる。大人になったなと思う。写真は七十年に発表されたデビュー・アルバム。このジャケットを見ると、どんな音楽が飛び出してくるのだろうと、ドキドキしながらレコードに針を下ろした中学二年生の春休みを思い出す。<br />
　　（『エマーソン・レイク＆パーマー』）<br />
<br />
４２）あのころ彼はスゴかった<br />
<br />
　ぼくの高校時代は、一九七四年から七六年になるのだが、この三年間に、スティーヴィー・ワンダーは『インナーヴィジョンズ』『ファースト・フィナーレ』『キー・オブ・ライフ』という三枚のアルバムを作り、いずれもグラミー賞を獲得している。ぼくたちが『試験に出る英単語』や『解放のテクニック』と格闘していたころ、彼はまさに爆発していたのである。<br />
　盲目の天才ソウル・シンガーとしてモータウンからデビューしたとき、彼は十歳そこそこの少年だった。それから十年が経ち、二十歳を過ぎた青年は、自分で作詞・作曲からプロデュースまでをこなす天才ミュージシャンに成長した。ちょうど彼の成長と手を携えるようにして開発が進みつつあったシンセサイザーをメインに、ドラムスやハーモニカなど、ほとんどの楽器を一人で演奏しているけれど、それぞれの曲に盛り込まれているアイデアが豊富なので、アルバムを通して聴いても一つ一つの曲が印象に残る。もちろん全体の統一感、完成度は言うまでもなく、ソウルやロックを土台にして、彼だけの音の世界を作り上げている。<br />
　ここでは、ぼくがいちばん好きな『インナーヴィジョンズ』を取り上げよう。楽曲のクオリティーの高さに加えて、アルバム全体にシャープな勢いがある。それが初夏の風のように心地よい。このアルバムの前にも、『ミュージック・オブ・マインド』や『トーキング・ブック』という素晴らしい作品をつくっているスティーヴィー。あのころの彼は、まさに神がかっていた。<br />
　　（スティーヴィー・ワンダー『インナーヴィジョンズ』）<br />
<br />
４３）みんなメロウでシルキーだったころ<br />
<br />
　あのころ（というのは、ぼくが大学生だった七〇年代後半）、ＡＯＲという呼び方はなかった。ソフト・アンド・メロウとかシティ・ポップスなどと呼ばれていた。ちなみにＡＯＲは「アダルト・オリエンテッド・ロック」の略。ロックにジャズやソウルの要素をブレンドして洗練させたもの、といったところか。<br />
　一九七六年にボズ・スキャッグスが発表した『シルク・ディグリーズ』は、ＡＯＲというジャンルが誕生するきっかけになった重要な一枚と言えるだろう。そこから「ロウダウン」「ハーバーライト」「ウィアー・オール・アローン」といった曲がヒットしたことにより、イメージが定着したのではなかったか。<br />
　この『ダウン・トゥ・ゼン・レフト』は、『シルク・ディグリーズ』の翌年に発表されたもの。あいかわらず黒のスーツにサングラスでキメているボズさんだが、もともと彼はデュアン・オールマンとブルースをやっていた人。その後、ソウル色の強いアルバムなどを経て、突然、メロウでシルキーに変身したのだった。とはいえ、『シルク』にはちゃんとＲ＆Ｂっぽいところが残っていたし、この『レフト』も、洗練されてはいるが、根っこにあるのはソウル・ミュージックだ。そのあたりの頑固さ（というか不器用さ）が魅力の、ボズさんです。<br />
　マイケル・オマーティアンをアレンジャーに起用、ＬＡの腕利きミュージシャンがバックを固める。なかでも前作につづいて参加の、ジェフ・ポーカロ（ドラムス）が素晴らしい。<br />
　　（ボズ・スキャッグス『ダウン・ゼン・トゥ・レフト』）<br />
<br />
４４）気だるい夏の昼下がりに<br />
<br />
　七十年代、八十年代を通して、ブラジルのコンテンポラリー・ミュージックを牽引していくガル・コスタとカエターノ・ヴェローゾ。これは二人にとってのデビュー・アルバムにして、一期一会のデュエット・アルバム。録音は一九六七年、ガルは二十二歳、カエターノは二十五歳だった。<br />
　タイトルの｢ドミンゴ｣は日曜日という意味。その名のとおり、気だるい休日の音楽ではある。基調となっているのはボサノヴァ。でも明るくも、さわやかでもなく、どちらかというと内向的な雰囲気をもっているのは、当時のブラジルが軍事政権下にあったことも関係しているのだろうか。制作上の制約もあったのだろう。虚無的な装いのなかに、内に秘めた情念というか、静かな緊張感が顔を覗かせる。<br />
　国内盤のオビには「ぼーっとしてたら終わっちゃうかも」と。たしかに似たようなテンポとトーンの曲がつづくので、全体に起伏がなく感じられるかもしれない。時間も三十分少々と短い。でも遠くでは、不穏な火が冷たく燃えている。波の静かな海面の下では、すでにいろんなことが起こりはじめている。このあとカエターノは、より自由な制作環境を求めてロンドンへ亡命する。そんな時代背景に思いをめぐらせながら聴くと、日曜日の別な表情が見えてくる。<br />
　二人とも、いまなお現役。とくにカエターノは、息子がリーダーを務めるギター・ロック・バンドを率いて、一時期よりも若返ったような作品を発表しつづけている。<br />
　　（カエターノ・ヴェローゾ＆ガル・コスタ『ドミンゴ』）<br />
<br />
４５）突然の死を悼んで<br />
<br />
　その日、ぼくは仕事でパリにいた。朝、ホテルの部屋でテレビをつけると、白いシーツでくるまれた遺体が、ヘリコプターから搬入されるシーンが映った。すぐに画面はジャクソン・ファイブ時代のマイケル少年に切り替わる。さらに「今夜はドント・ストップ」「スリラー」と全盛期のプロモーション・ビデオが映し出されていく。えっ？さっきの遺体、彼だったのか……。<br />
　ぼくにとってのマイケル・ジャクソンは、この『オフ・ザ・ウォール』一枚に尽きる。「イベリアン・ガール」や「ヒューマン・ネイチャー」など、他にも好きな曲はある。でもアルバムとして隅から隅まで好きなのは、『オフ・ザ・ウォール』だけかもしれない。クインシー・ジョーンズをプロデューサーに迎えての一作目。いつもながらＱ氏の音作りは隙がなく適切だ。マイケルも自作の曲を用意して、ミュージシャンとしての意気込みを見せる。ロッド・テンパートンをはじめ、外部発注の曲も出来がいい。ポール・マッカートニー作の「ガールフレンド」が、いいアクセントになっている。という具合に、すべてがうまくいっているのだ。<br />
　『スリラー』も『Ｂａｄ』も、なくてよかったのにな。『オフ・ザ・ウォール』が最大のヒット作だったらよかったのにな……なんて思うのだから、ファンは勝手ですね。ポップ・スタートしての巨大なイメージを背負いながら、ゴシップやスキャンダルにまみれていく、その後の姿を知っているだけに、このアルバムで彼が見せた新鮮な輝きは、尊いものに感じられる。<br />
　　（マイケル・ジャクソン『オフ・ザ・ウォール』）<br />
<br />
４６）アンビエントな夜のために<br />
<br />
　ブライアン・イーノが「アンビエント・ミュージック」というジャンルを作り出さなければ、この手の音楽との出会いはずっと遅れていただろう。いや、まったく出会わなかった可能性もある。そう考えると、イーノ先生に感謝です。<br />
　作者のハロルド・バッドは、一九三六年、ロサンゼルス生まれの作曲家で、大学卒業後はミニマル的な作品を作っていたということだから、もともと現代音楽のフィールドの人なのだろう。現代音楽と聞くと「難しい」「わからない」という先入観をもつ人は多いかもしれないけれど、その点はご安心を。このアルバムにはいっている曲はどれも耳あたりがよく、高級なＢＧＭといった感じのものばかりである。<br />
　たとえば一曲目の「ビスミラーイ・ラーマニ・ラーヒム」（コーランのなかの文句らしい）は、マリオン・ブラウンのアルト・サックスを中心に、エレクトリック・ピアノ、ハープ、チェレスタ、グロッケンシュピール、数台のマリンバという編成である。こうした楽器編成からして、いかにも現代音楽っぽいが、浮遊する淡いメロディがとても心地いい。その他の曲も、ハープ、マリンバ、ピアノ、ヴォーカルなどが様々に組み合わされ、静謐な時間を紡ぎだしていく。尖った難解さや攻撃性は皆無、どの曲も夢見心地のリラクゼーションに誘ってくれる。<br />
　美しい癒しの音楽にぼんやりと身を任せるもよし、小さな音で流しながら読書をするもよし。秋の夜長のひととき、窓の外の虫の音とともにどうぞ。<br />
　　（ハロルド・バッド『夢のパビリオン』）<br />
<br />
４７）大地の声に酔う<br />
<br />
　ミルトン・ナシメントの名前をはじめて目にしたのは、ムーンライダーズの『ヌーヴェル・ヴァーグ』というアルバムに彼の曲が入っていたから。同じころ、ウェイン・ショーターの『ネイティブ・ダンサー』を聴いて、このブラジルのミュージシャンに興味を抱くようになった。<br />
　ナシメントの魅力は、なんといってもその声にあると思う。雄大な大地の広がりを感じさせる、おおらかで伸びやかな独特の雰囲気をもっている。このアルバムは、彼がＣＴＩに残した傑作。ムーンライダーズが演っていた「トラベシア」は一曲目に入っている。アレンジャーに同郷のデオダートを向かえ、リズムセクションもブラジルのミュージシャンが固める。多くの曲にストリングスが加わり、何曲かでハービー・ハンコックやヒューバート・ロウズといったジャズ＝フュージョン勢が活躍する。歌詞が英語の曲もある。<br />
　アルバムのコンセプトとしては、失敗していてもおかしくはなかった。ちょっと作り過ぎというか。しかしミルトンの声が、散漫で甘口になっていたかもしれないアルバムを、きりりと引き締めている。その声が入るだけで、どんなアレンジを施そうと、バックで誰が演奏していようと、彼の色に染まってしまう。とくに声量があるわけでも、飛びぬけて技量があるわけでもないのに、不思議である。<br />
　それにしても、一九七八年の時点でミルトン・ナシメントの曲を取り上げていたムーンライダーズというバンドも、すごいというかなんというか、やっぱりへんな人たちだなあ。<br />
　　（ミルトン・ナシメント『コーリッジ』）<br />
<br />
４８）こんなんジャズじゃない、と言われたものだけど<br />
<br />
　ジャズを聴きはじめたころは、ＣＴＩというレーベルをなんとなく馬鹿にしていた。ブルーノートなどの由緒正しいジャズ・レーベルにくらべると、ちょっと軽いというか、ストリングスを多用したサウンドをはじめ、ジャケットも含めてムードミュージック的なところがあった。<br />
　あれから三十年、四十年と経ってみて、このレーベルに残された作品の多くが、いまだに鮮度を失っていないことに驚く。いわゆる「あの時代の音」になっていない。去年あたりに出た新譜という感じで聴ける。長く聴きつづけているのに飽きがこない。昔よりも、かえって新鮮に聴こえたりもする。<br />
　このアルバムも、ＣＴＩを代表する一枚と言えるだろう。ジム・ホール（ギター）のリーダー作だけれど、その他のメンバーがすごい。まずフロントがチェット・ベイカー（トランペット）にポール・デスモンド（アルトサックス）。リズムセクションはおなじみロン・カーター（ベース）とスティーブ・ガッド（ドラムス）。なんとかっこいいメンバーだろう。ピアノにローランド・ハナというのが、これまたしぶい。<br />
　一曲目が伝説的な名演。この曲、ヘレン・メリル＆クリフォード・ブラウンやアート・ペッパーなど、名演が多い。それらと肩を並べる。メインディッシュは「アランフェス協奏曲」。こちらもマイルスとギル・エヴァンスによる超名演がある。でも、そこはＣＴＩ。あれほど深刻ではなく、あくまで軽やかに、リリカルに仕上げている。残り二曲も美味。秋の夜長におすすめです。<br />
　　（ジム・ホール『アランフェス協奏曲』）<br />

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		<title>ぼくたちは何を守ろうとしているのか～ウイルス・テロ・放射能</title>
		<link>http://www.kkatayama.net/blog/?p=419</link>
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		<pubDate>Sun, 17 Mar 2013 00:44:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kyoichi Katayama</dc:creator>
				<category><![CDATA[講演]]></category>

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		<description><![CDATA[１ 　今日はウイルスとテロと放射能についてお話しさせていただきます。現在、ぼくたちが生きている世界の現状、その世界が孕んでいる問題を、これら三つのものに象徴させてみたいと思います。三つは、あたかも一つの家族のような印象を &#8230; <a href="http://www.kkatayama.net/blog/?p=419">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
１<br />
　今日はウイルスとテロと放射能についてお話しさせていただきます。現在、ぼくたちが生きている世界の現状、その世界が孕んでいる問題を、これら三つのものに象徴させてみたいと思います。三つは、あたかも一つの家族のような印象を与えます。幾つも共通した性格を挙げることができますが、重要な点は以下の二つだと思います。（１）いずれも人間がつくり出したもの、とりわけヨーロッパの近代が科学技術とともに生み出したものであること。（２）どこででも生み出される可能性がある。つまり潜在的に遍在していること。<br />
　第一の点について見てみます。ヒトとウイルスとの付き合いは長く、人間の歴史はウイルスとの共存の歴史であったと言ってもいいくらいです。ヒトとウイルスは、本来は共存可能なはずです。現在、ウイルスが脅威になっていることは、グローバリゼーションと密接な関係があると思います。人や資本や技術や情報が地球規模で流通し、政治的にも経済的にも、また生活のレベルでも、一つのグローバルな世界が生まれているわけですが、それによって免疫のない者が未知のウイルスと遭遇するとか、新種ウイルスにたいするワクチンが開発される前に、感染が一気に拡大してしまうとか、いわゆるパンデミックが懸念される条件が生まれている。生産と消費の加速、交通と流通の高速化、地球の隅々への開発とツーリズムの展開など、人間のつくり出すスピードによって、共存可能なはずのウイルスが脅威になっている。人間のつくり出すスピードに、人間自らが対処できなくなっている。それが今日のウイルス的な危機の本質であると言えます。<br />
　テロについても同じことが言えるでしょう。もちろんテロにもさまざまなタイプのものがあり、一概には言えませんが、現在、アラブ諸国や北アフリカなどで多発しているテロの背景には、欧米が主導するかたちで進展しているグローバリゼーションがあります。グローバリゼーションの政治・経済的な側面、つまり民主主義と資本主義によってグローバルな秩序をつくり出そうとする動きが、多くの人たちにとっては、伝統的な文化や社会や産業の破壊であったり、搾取や抑圧であったりしている。それにたいする抵抗や否認として、テロリズムが生まれてきている。だから支持する人たちも多いわけでしょう。テロを通して明らかになってきたことは、自由や平等といった、西欧的な社会では普遍であり妥当であるとみなされているものが、かならずしは普遍でも妥当でもないということです。少なくとも地球上の人間すべてが共有できるものではない。むしろ一部の人たちに利益をもたらし、他の多くの者に不公平をもたらす基準として機能している面がある。そうしたことに目を向けさせる、批判的な文脈をテロリズムはもっていると思います。<br />
　放射能については言うまでもありません。それはまさに人為的に生み出される脅威です。より正確に言えば、人間の技術によってつくり出されるものです。ハイデガーは近代技術の本質を「開蔵」であると定義しています。原語は「エントベルゲン（Entbergen）」で、蔵されているものを開く、発掘するというような意味です。昔の人たちは風車や水車をまわしてエネルギーを取り出していたわけですが、これらは吹いている風や流れている水を、そのまま利用しているだけです。しかし石炭や石油からエネルギーを取り出すことは、大地を掘り起こし、自然のなかに閉じ込められているものを、無理やり引き渡せと要求することです。その究極的なあり方が、核エネルギーであると言えます。ウラン鉱石は、まさに大地から採掘され、鉱石のなかにごく微量に含まれているウランから、エネルギーが取り立てられる。その過程で放射性物質が生まれるわけです。<br />
　以上が第一のポイント、現在の脅威や危機は、その多くの部分が人間によってつくり出されたものである、ということです。つぎに第二の点について見てみます。これらの脅威や危機は、どこででも生み出される可能性がある、すなわち潜在的に遍在しているという点です。<br />
　新種のウイルスがどこで生まれるかわかりませんし、どういう感染ルートをたどって拡大するかもわからない。あらゆる可能性が考えられるわけです。したがって完全な予防は不可能ということになります。テロの場合も同じです。いつ、どこで巻き込まれるかわならない。しかも軍事活動をしている兵士だけが危険に曝されているわけではありません。アルジェリアの事件などを見ても、兵士と民間人、軍事活動と経済活動のあいだの区別はない。人道的支援や援助活動をやっている人たちも、ただのツーリストも、あらゆる人間が標的になる。テロリズムの暴力は、生きている人間の生命そのものに向けられていると言えます。ぼくたちが生きているかぎり、テロリズムの危険はつきまとうと考えた方がいい。誰もが潜在的に人質になっている。それが現在のテロリズムの本質だと思います。<br />
　まったく同じことが、放射能についても言えます。福島の事故によって明らかになったことは、たとえ百キロ、二百キロ離れていようと、ホットスポットになったところは、半永久的に人が住めないほど汚染されてしまうということです。ぼくたちはウイルスにたいして潜在的に感染者であるように、またテロにたいして潜在的に人質であるように、放射能にたいしては潜在的に避難民であると言えます。家族で一緒にご飯を食べたり、子どもたちが元気に校庭を駆けまわったりしているのは、ただの偶然に過ぎない。要するに運が良かったというだけのことだ。そういう自覚や認識を共有していくことが大切だと思います。<br />
　このように見てくると、ぼくたちが守らなければならないのは、何よりも自分たちの生命であることがわかります。もちろん経済を立て直し、暮しや生活を守ることも大切です。景気や電力の心配をする事情も理解できる。それはそれとして、もう一つ別の次元で、一人一人が直接的な生命の危険に曝されている。この点が非常に重要だと思います。こうした観点に立つとき、平和の意味は自ずと相対化され、限定されます。平和であるから安全であるとは言えない。平和な状況においても、ぼくたちの生命は常に直接的な危険に曝されている。幸か不幸か、脅威は目に見えず、危機は潜在的です。目に見えず、顕在化していないということが、日本の社会を現状回帰させている。つまり安部内閣を支えているということでしょう。<br />
<br />
２<br />
　いかにして自分たちの生命を守ればいいのか。このことについても、先にあげた二つの側面から考えてみます。わかりやすいので、第二の側面から先に見ていきます。危機は潜在的に遍在しているということです。<br />
　まず言えることは、領土や国家や主権といった近代的な概念は、ほとんど意味をもたなくなっているということです。ウイルスにもテロにも、もちろん放射能にも国境はありません。内と外、安全なところと危険なところといった区別は存在しない。ぼくたちがいるところは、どこでも潜在的に危険な場所であると考えなければならない。逃げる場所、身を隠す場所はどこにもない。世界は全面的に均質化している、と言うこともできるでしょう。<br />
　したがって「国防」という発想では、もはや現状には対処できなくなっている。安全保障のために憲法を改正して国防軍を強化するといったことは、時代錯誤と言うほかありません。国家のような近代的主権によって、ぼくたちは守られていない。国に守ってもらおうとすることも、国を守ろうとすることも、現在の脅威や危機のあり方からして間違っています。日米軍事同盟のような強大な力を恃みにして、「国防」の姿勢を強く打ち出すことは、かえって日本人の生命を危険に曝すことにもなりかねないでしょう。<br />
　一人一人の生命をいかに守るかということを、ぼくたちは当事者の立場で考えていかかなければなりません。無力で無防備な個人の立場で、自分たちの生命を守ることを考えなければならない。このとき日本国憲法は、為政者たちが考えるのとは違った存在価値を帯びてくるはずです。単純に考えて、われわれは憲法九条を擁して平和をめざす国民である、と世界中にアピールすることで、日本人がテロなどに遭遇する危険性は小さくなるでしょう。そのことは日本人が海外で様々な活動をする際に、かなり大きな安全保障の役割を果たすと思います。<br />
　しかし日本国政府が平和憲法の意義を国際社会に向けてアピールするとか、国際政治のなかで憲法九条の内容を実行に移すといったことは、現実的には考えられないと思います。将来、内閣が変わってもありえないでしょう。それは憲法九条がきわめて明快に戦争放棄、軍備放棄を謳っているからです。軍備放棄とは、近代的主権の放棄を意味します。だからどんな内閣ができようと、憲法九条を積極に運用していくことはありえない。国家の最高法規として軍備放棄を掲げることは、近代的国家の論理に反することなのです。<br />
　むしろ憲法九条を運用できるのは、ぼくたち一人一人の国民だし、またそうすべきだと思います。日本国の国民が個人のレベルで憲法を有効に運用し、自分たちはこういう憲法をもっている国民なのだということを、世界に向かって積極的に発信していくべきだと思います。それは先ほど言いましたように、無力で無防備な個人を守るための現実的な力になります。さらに戦争放棄や軍備放棄という理念を共有することによって、国や人種や民族を超えて個人と個人が直接に結びつくことができます。そうしたネットワークを広げることによって、世界に潜在している脅威や危機を少しでも無力化し、中立化していくことができるのではないでしょうか。迂遠に見えるけれど、それが個人のレベルで、ぼくたちの生命を守ることにつながると思います。<br />
<br />
３<br />
　つぎに第一の側面について見てみます。今日的な脅威や危機が、もともと人間のつくり出したもの、とりわけヨーロッパの近代が科学技術とともに生み出したものである、ということです。<br />
　マルクスが述べているように、人間は自然に働きかけ、これを人間的に加工し、自らの「作品」にします。この人間の作り出した「作品」が、様々な面において人間に敵対するものになっている、未来にたいする危機的な予兆として立ち現れてきている、ということだと思います。しかもウイルスにしても、テロや放射能にしても、ぼくたちが生きている世界の基本仕様といいますか、非常にベーシックな部分から生まれてきています。つまりグローバル化した民主主義や資本主義、科学技術のようなものと密接に結びついているわけです。言い換えれば、今日的な危機や脅威は、あまりに人間的であり、あまりにも人間や世界と同化しているということでしょう。そのため危機や脅威をもたらしているものと、自分たちを切り離すことができない。全面的な共存関係にありながら、根源的な両立不可能性という性格をもっている。<br />
　以上のことから言えるのは、従来のやり方や発想ではだめだということです。従来のやり方とは、一言で言えば「否定的な力の行使」ということだと思います。つまり「暴力」です。スーザン・ソンタグが述べているように、現代医学は病気について戦争用語によって軍事的に語ることを好みます。癌を撲滅する、制圧する。「癌戦争」などという言葉もありました。相手は敵であり悪であるから、できるだけ早く発見し、殲滅することが望ましい。現在でも、それが癌治療のスタンダードとされているのではないでしょうか。手術によって取り除く、抗癌剤で殺す、放射線で叩く。まさに戦争の比喩によって語られるわけです。癌患者にたいしても、戦争モデルに則って治療がなされる。その結果、癌細胞よりも患者の肉体の方が先にまいってしまうこともある。<br />
　ウイルスに戦争モデルを当てはめることは、明らかに間違っています。これについては、ぼく自身がＢ型肝炎ウイルスのキャリアであり、過去に何度か肝炎が悪化して入院したこともあるので、普通の人よりも少しだけ体験的に語ることができると思います。他人事のように言ってしまえば、ウイルスというのはとても面白いものです。肝炎ウイルスは肝細胞のなかに常在するわけですが、それ自体は悪いことをしません。Ｂ型肝炎のキャリアのなかで慢性化するのは、十人に一人くらいだと言われています。これはウイルスが増殖するためで、増殖さえしなければ、肝細胞のなかにウイルスがいても問題はないのです。このためＢ型肝炎の一般的な治療では、ウイルスを排除することを目標としません。ウイルスとの共存、いわゆる免疫的寛容の状態にもっていければいいわけです。<br />
そのために何をすればいいのかということは、実際のところあまりよくわかっていません。ただ体験的に、ぼくはウイルスを活性化させる最大の要因はストレスだと思っています。仕事が忙し過ぎて休む暇がないとか、人間関係が最悪だとか……メンタルな悩みや不安、極度の緊張などが長くつづくと、血流が悪くなるのか、アドレナリンのような物質の分泌量が増えるのかわかりませんが、体内の環境が悪化し、居心地の悪くなったウイルスが目を覚まして活動をはじめる。すると治安維持を任務とする免疫機能が、肝臓方面で不穏な動きが見られるとかいって攻撃を開始する。こうしてウイルス性の肝炎が起こってくる……医学的には正しくないかもしれませんが、ぼくの実感ではそんなふうに説明できる気がします。<br />
　だからニコニコしているのがいいわけです。笑いが免疫力を向上させるというのは、よく知られています。まさに笑いは、暴力という否定的な力のオルタナティブです。癌治療などを見ても、手術や抗癌剤や放射線といった否定的な力を行使する従来のやり方は、人間の身体や健康を全体として考えたとき、あまり有効ではないように思います。ウイルスのように自己か非自己かわからないものを無毒化する、中立化して無力化するためには、まずホストである人間の方がリラックスして、自分にかかっているストレスを解除してやる。そうしてウイルスが活性化する前提となっている、ストレスフルな環境を改善してやる方がいいように思います。<br />
体験的な実感を語っているつもりですが、ウイルスについて語ることは、ほとんどテロリズムについて語ることと同じになってしまいます。双方がお互いの比喩になっている。つまり互換性があるわけです。テロリズムにたいして、軍備を増強して威嚇するといったやり方は、完全に逆効果でしょう。アメリカがやっているような予防的攻撃や戦争は、テロリズムに動機と正当性を与え、さらなるテロ行為を生み出すことにしかならないと思います。テロリズムが生まれる要因として、地球全体のストレスフルな環境といったものが考えられるとすれば、ぼくたちは笑いのような肯定的な力を行使して、この環境を変えていかなければならない。ヒントはそういうところにあると思います。つまり否定的な力のオルタナティブとしての肯定的な力、暴力のオルタナティブとしての笑いです。<br />
　放射能にたいして、従来のやり方で対処するというのは、具体的にはどういうことでしょうか。安全基準を強化して原発を稼働させるとか、より安全な原発をつくるといった発想が、これにあたると思います。要するに、技術的に乗り越えるということです。技術も広い意味で暴力ですから、このやり方も、やはり否定的な力の行使ということになります。<br />
　技術の問題に、もっとも本質的な検討を加えているのはハイデガーだと思います。彼が繰り返し言っていることは、技術とは人間に制御しえない何かだ、ということです。人間は技術にたいして、けっして超越的に振舞うことができない。人間が技術をコントロールしているというのは、見せかけだけのことに過ぎない。コントロールすることは、すなわちコントロールされることである。このような相互的、双方向的な関係こそが、人間の技術の本質である。そのことをハイデガーは「ゲシュテル」という言葉を使って説明しています。<br />
　たとえば水力発電や火力発電にかわって原子力発電という新たな技術が登場することは、技術や産業の歴史として見れば、進歩や発展ということになるのでしょうが、それは同時に、原発を厳重な管理のもとに運転し、一歩間違えば取り返しのつかない放射能災害を引き起こすというような、よりストレスフルな技術との関係にとらわれることを意味しています。仮に、核エネルギーをめぐる技術体系を完成させ、人間に害を与えないようにマネージメントできるようになったとしても、そこにより大きな、より深刻な技術的弊害や破壊性が待ち受けていることは、技術の本質からして、ほぼ確実に言えると思います。<br />
<br />
４<br />
　これまでのやり方や発想を変えなければなりません。核兵器を持つことによって国際舞台でより強い交渉力をもつ、というような発想は変えていかなければならない。核に抑止力などない。核にあるのは支配力だけです。戦後六十年にわたって最大の核保有国でありつづけているアメリカが、その間、平和であったことはないという事実が、そのことを如実に物語っています。何よりも核兵器の存在が、地球全体をストレスフルな環境にしているわけですから、ぼくたちは核兵器をなくすという方向で、人々の合意をつくり出していく必要があります。<br />
　否定的な力にかわる肯定的な力を、ぼくたちは見出していくべきでしょう。肯定的なメッセージを発して、ぼくたちのなかに眠っている肯定的な力を目覚めさせ、これを活用していくべきです。そのようなメッセージとして、ぼくは「愛」という言葉を使いたいと思っています。<br />
　古代ギリシアの哲学者たちは、愛を心理的なものではなく、引力のように結合をもたらす物理的な力と考えていたようです。反対に、憎しみは分離をもたらす斥力ということになります。こうした文脈で「愛」という言葉を使うことはできないでしょうか。つまり人と人を結びつける力として、「愛」を再定義するということです。アントニオ・ネグリとマイケル・ハートが「愛」を政治的概念として使うことを提唱しているのも、同じようなことを考えているのではないかと思います。とくに近代以降、「愛」はロマンチックな文脈やプライベートな文脈でのみ語られてきました。男女の恋愛や家族愛といった、限定的な場面に追いやられてしまった。ぼくを含めて、小説家も悪いのです。だから懺悔の気持ちも込めて、もう一度、「愛」をパブリックな文脈に引き戻したいと考えています。<br />
　憎悪や敵対心のような否定的な感情ばかりが、ぼくたちの世界を覆っています。その原因は、この世界の不公正さにあります。世界全体として見れば、食糧にしても工業製品にしても、総生産量としてはほぼ足りていると言われる。しかし非常な富みの偏りが生まれている。つまり配分の仕方に問題があるわけです。金融経済の拡大が、それに拍車をかけています。多くの餓死者が出ている国や地域がある一方で、食べ物を無駄に捨てている国があるというのは、やはり間違っています。そのことについては、誰もが合意できるでしょう。そうした合意点を少しずつ増やし、積み上げていく必要があります。<br />
　食糧にしてもエネルギーにしても、世界中に人々の消費量は、ほぼ均一になる方がいいわけです。その方が、安定した安全な世界になることはわかりきっている。そのためにぼくたちは、物質的には少しずつ貧しくなっていく必要があります。豊かに、幸せに貧しくなっていく方法が、かならずあるはずです。そうしたやり方や仕組みを考えることが、もっともクリエイティブな仕事になると思います。すでに余っているものや、必要のないものを作ることに、真の意味での創造性はありません。そんな生き方は空しいと思います。<br />
　これからはクリエイティブな生き方、クリエイティブな仕事が、ますます「愛」と結びついていくことになるでしょう。ぼくたち一人一人が個人として、「愛」の力を行使する場面が増えてくるはずです。具体的には、非正規雇用の賃金を正規雇用よりも高くすることを国に求めていくとか、グローバルなベーシックインカムを構築していくといったことが考えられます。このような「愛」の力は、いくら使っても減ることも、なくなることもありません。むしろ使えば使うほど増殖していく。そこに大きな可能性を感じます。大雑把な話でしたが、これで終わらせていただきます。（２０１３．３．２０　福岡市都久志会館)<br />
<br />

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		<title>ネコふんじゃった２００７（シーズン３）</title>
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		<pubDate>Sun, 03 Mar 2013 05:38:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kyoichi Katayama</dc:creator>
				<category><![CDATA[ネコふんじゃった]]></category>

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		<description><![CDATA[２５）冬の夜は暖かい部屋でウィリー・ネルソンを聴こう 　カントリーの人である。カントリー・ミュージックというのは日本の民謡みたいなもので、ぼくのような者にはみんな同じに聞こえる。だから、どうしても敬遠してしまう。このアル &#8230; <a href="http://www.kkatayama.net/blog/?p=405">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
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２５）冬の夜は暖かい部屋でウィリー・ネルソンを聴こう<br />
<br />
　カントリーの人である。カントリー・ミュージックというのは日本の民謡みたいなもので、ぼくのような者にはみんな同じに聞こえる。だから、どうしても敬遠してしまう。このアルバムは、あまりカントリーっぽくない。誰でも安心して（？）聴ける、大人の音楽になっている。ポイントは取り上げられている曲と、プロデューサーだろう。<br />
　まず選曲。タイトル曲をはじめとして、ここでうたわれているのは、「我が心のジョージア」「オール・オブ・ミー」「アンチェインジド・メロディー」といったスタンダードである。いわゆるカントリー・フィールドの曲は入ってないかわりに、「ヴァーモントの月」みたいにシブい曲が入っている。<br />
　プロデュースはブッカー・Ｔ・ジョーンズ。スタックス・レコードのハウス・バンド、ＭＧｓのリーダーとしてオーティス・レディングなどのバックをつとめてきた、もともとはＲ＆Ｂ系の人である。彼のコンテンポラリーなアレンジが素晴らしい。シンプルで言葉少なめな演奏に、ハーモニカとジョーンズ自身の弾くオルガンが、軽いアクセントをつけていく。そこにウィリーさんの年季の入った鼻声が乗っかると、絶妙な味わいが生まれる。<br />
　曲、アレンジ、演奏、歌と三拍子も四拍子も揃った、本アルバムは好評だったらしく、このあと同じ趣向のアルバムが何枚かつづく。国内盤は『モナリザ』『青い影』『枯葉』と、日本人に馴染み深い曲をタイトルに冠しているが、すべてオリジナルのタイトルとは異なる。<br />
　　（ウィリー・ネルソン『スター・ダスト』）<br />
<br />
２６）あのころは毎日のように、ビリーの歌が聞こえていた<br />
<br />
　あのころというのは、一九七七年から七八年ごろのこと。たとえば友だちの下宿やアパートを訪れる。するとＦＭラジオか何かから、『はぐれ刑事純情派』みたいな口笛が流れてくる。そしてはじまる「ストレンジャー」。もういい加減にしてくれ！　と思うころには、「素顔のままで」にバトンタッチ。さらに「ビッグ・ショット」に「マイ・ライフ」に「オネスティ」と、ほとんど百発百中の観があった。あのころのビリー、瞬間最大風速では、かのポール・マッカートニーをも凌ぐのではないか。<br />
　しかし二十年間にわたってヒット曲を作りつづけたマッカートニー氏にたいし、ビリーの方はほぼ二年間。アルバムでいうと『ストレンジャー』と『ニューヨーク５２番街』の二枚が、絶頂期のすべてであると言っていい（のか？）。「素顔のままで」の入った『ストレンジャー』も素晴らしいが、トータルな出来栄えでは『ニューヨーク五二番街』の方がわずかに上回る気がする。前記のヒット曲だけでなく、すべての曲がいい。長い曲でも冗長な部分がなくなり、最後まで流れが途切れない。ジャケットも（『ストレンジャー』よりは）カッコいい。<br />
　前作にも見られたジャズ的なアプローチはさらに洗練され、マイク・マイニエリのヴィブラフォンなどがいい味を出している。「素顔のままで」では、フィル・ウッズのアルトサックスが素晴らしい効果を上げていた。それに味を占めてか、今回は「ザンジバル」にトランペットのフィレディ・ハバードを起用。さすがに貫禄のソロをとっている。<br />
　　（ビリー・ジョエル『ニューヨーク５２番街』<br />
<br />
２７）冬の寒い朝に聴きたい、透明感あふれるデュオ<br />
<br />
　ここ福岡では、雪が積もることは一年に一度あるかないか、氷が張るなんて事態は、もう何年も記憶にありません。やはり温暖化の影響でしょうか。ぼくが小学生のころには、郷里の四国でも、冬になるとよく氷が張っていました。池や水溜りに張った氷を割りながら、学校へ通うのが楽しみでした。トタン屋根に大きなツララがぶら下がっているのも、これは小学校に上がる前だったか、見たおぼえがあります。そういう寒い朝は、掃除の時間にバケツに汲んだ井戸水が、とても温かく感じられました。<br />
　チック・コリアとゲーリー・バートンが、七十年代のはじめに共演したこの作品は、ジャケットのせいか、それとも録音されたオスロという街のせいか、どこか北欧の夜明けを思わせる、凛とした透明感があります。もともとヴィブラフォン（鉄琴）という楽器には、クリスタルなイメージがあるようです。とくにバートンの演奏は、音色といいフレーズといい、ミルト・ジャクソンなどにくらべてクリスタル度が高い感じです。チック・コリアのピアノとも、相性はぴったりです。<br />
　コリアの作品に加えて、スティーブ・スワロウという人の曲が取り上げられています。彼はスタン・ゲッツのバンドにいたころからのバートンの同僚で、不思議な浮遊感のある、いい曲を書く人です。本業はベーシスト。最初はアコースティックでしたが、のちにはエレクトリック・ベースも弾いています。カーラ・ブレイやジョン・スコフィールドとも共演している、面白い人です。<br />
　　（チック・コリア＆ゲーリー・バートン『クリスタル・サイレンス』）<br />
<br />
２８）ジョン・セバスチャンは、たんぽぽみたいなミュージシャンです<br />
<br />
　今年は一月が暖かく、このまま春になったのではありがたみがないな、と思っていたら、二月になってようやく寒くなってくれた。北国の人には叱られるかもしれないけれど、やっぱり冬はきちんと寒い方がいい。こちらは立春を過ぎると、風は冷たくても日差しはさすがに春めいて、散歩の途中で、庭に紅梅・白梅が咲いているのを目にしたりする。畑の土手などに水仙が咲いているのを見つけると、思わず足を踏み入れて鼻を近づけてみたくなる。あと、たんぽぽって、好きだなあ。「蒲公英」と漢字で書くと、何か別の花みたいで、そういうところも気に入っています。<br />
　大作曲家のファーストネームとミドルネームを名前にもつ、この人。やっている音楽は、名前ほどいかめしくない。むしろ「ほのぼの」とか「ふわふわ」といった、ハ行系の修飾語が似合う人である。ぼくなどは昔から、たんぽぽみたいなミュージシャンだなあ、と思っていた。どこがたんぽぽなのかと、あまり深く問われると困るけど。<br />
　これはラヴィン・スプーンフルを離れた彼が、一九七四年に発表したソロ・アルバム。不遇時代とされているけれど、それがかえって幸いしたのか、のんびりした「たんぽぽ度」の高い作品に仕上がっている。曲も演奏も素晴らしい。リトル・フィートのローウェル・ジョージが参加しているのも嬉しい。大好きなエイモス・ギャレットが、いつもながら渋いギターを弾いているし、ライ・クーダーも一曲だけ入っている。聴きどころの多いアルバムである。<br />
　　（ジョン・セバスチャン『Ｔａｒｚａｎａ　Ｋｉｄ』）<br />
<br />
２９）ヴァン・モリソンに駄作はない<br />
<br />
　たぶん、ないと思う。そういうことにしておこう。駄作はない、と断言できないのは、三十枚以上出ている彼のアルバムを、すべて聴いたわけではないから。でも、半分くらいは聴いている。それで言えることは、どのアルバムも、やりたいこと、歌いたいことがはっきりしているということ。惰性でなんとなく作っているものは一枚もない。このあたりが「駄作はない」という世評にもつながっているのだろう。<br />
　とはいえ、十分や十五分という長い曲がごろりと入っていたり、ほとんど詩の朗読みたいな曲があったりと、はじめて聴く人にはとっつきにくい作品があるのも確か。初期の『ムーン・ダンス』や、円熟期の『アヴァロン・サンセット』、『エンライトメント』あたりから入るのが無難かもしれない。<br />
　今回取り上げたアルバムが発表されたのは一九七九年、彼のキャリアでは中期と言っていいと思う。ソウルやゴスペルなどのブラック・ミュージック、それにジャズの要素を加えて曲を作っていたころを初期とすれば、このころは、彼がアイルランドやケルトの民謡を積極的に取り入れていく時期にあたっている。そのブレンドの加減がとてもいい。<br />
　ヴォーカリストとして圧倒的な力量をもつ人なので、見落とされがちなのが、コンポーザーとしての資質かもしれない。このアルバムも、とくに前半は、ポップな曲が並んでいる。どんなにポップでも、彼のつくる曲には風格がある。メロディの美しい曲も、甘く流れる感じにはならない。そこが素晴らしい。<br />
　　（ヴァン・モリソン『イントゥ・ザ・ミュージック』）<br />
<br />
３０）二人は別れてしまったけれど<br />
<br />
　イギリスのフォーク・ロック・バンド、フェアポート・コンヴェンションの中心メンバーだったリチャード・トンプソンが、バンドを脱退した後に奥さんのリンダと結成した夫婦デュオの、これはラスト・アルバムにして最高傑作。<br />
　リチャードの個性的なギター・プレイとソングライターとしての才能は、フェアポート時代から高く評価されていた。しかしバンドはしだいにトラディショナルな色合いを強め、イギリスやアイルランドの民謡などを多くレパートリーに取り入れるようになる。そのあたりが不満だったのか、デュオになってからはリチャードのオリジナルが中心になる。このアルバムも、すべて彼の曲で固められている。<br />
　それにしても、アイデア溢れるリチャードのギター・プレイは素晴らしい。常套的な弾き方をしているところは、一箇所もない。フェアポート時代から自家薬籠としていたケルト音楽の要素に、パンク・ニューウェイブの風味も加わり、独自のロック・アルバムに仕上がっている。全八曲を、夫婦で半分ずつうたっている。これもフリートウッド・マックみたいでいい。私生活での危機を抱えていたせいか、全体に暗めだが、最後の曲などは、どこか吹っ切れた印象もある。<br />
　このアルバムを最後に夫婦は離婚、デュオも解消。リチャードはその後もクオリティの高い作品をコンスタントに発表しつづけている。一時期、不調を伝えられたリンダも、去年は久々にソロ・アルバムを出して、元気なところを見せてくれた。<br />
　（リチャード＆リンダ・トンプソン『シュート・アウト・ザ・ライト』）<br />
<br />
３１）クラシック音楽との出会い<br />
<br />
　中学生のころは、よくラジオを聴きながら勉強していた。そこで耳にして、好きになった曲もたくさんある。デオダードの「ラプソディ・イン・ブルー」も、そんな曲の一つだ。<br />
　原曲はガーシュインのピアノ協奏曲。夢見るような美しいメロディが気に入ったぼくは、オリジナルも聴いてみたくなったが、なにせ相手はクラシック、自分のこずかいをはたいてまでは、と二の足を踏んでいた。ちょうどそのころ、クラシックの廉価盤というのがシリーズで発売されはじめていた。「運命」と「未完成」のカップリングで千円というやつだ。「ラプソディ・イン・ブルー」も出ている。まあ千円ならいいか。安さに釣られて、ぼくは生まれてはじめてクラシックのレコードを買うことになった。<br />
　今回、ご紹介するＣＤは、デオダードのＣＴＩからのデビュー作で、『ラプソディ・イン・ブルー』の一つ前の作品になる。この時期のＣＴＩは、クラシックをジャズ・ロック風のアレンジで、というのがレーベル・カラーだった。ヒューバート・ローズの「春の祭典」、ジム・ホールの「アランフェス」、ボブ・ジェームスの「はげ山の一夜」といった具合である。デオダードは「ツァラトゥストラ」に挑戦している。さすがにちょっと無理があったかな。スキップして二曲目から聴きましょう。「スピリット・オブ・サマー」。題名のとおり、夏の夕暮れを思わせる美しい曲である。このあとドビュッシーの「牧神の午後」などを挟みつつ、デオダードらしい洒落たアレンジの曲がつづく。<br />
　　（デオダード『プレリュード』）<br />
<br />
３２）中学生がもらった一枚のはがき<br />
<br />
　中学三年生の夏休みに、街のレコード屋さんから一枚のはがきが届いた。裏側に写真が印刷されていて、ストリート・ギャングみたいな柄の悪いお兄さんたちがこっちを睨んでいる。なんなんだ、この人たちは。<br />
　それはレコード会社が作ったプロモーション用のはがきで、写真に写っている人たちは「ウォー」というバンドのメンバーだった。前年に全米ナンバーワンにもなったアルバムを、日本でも売ろうと考えたのだろう。それにしても、このあいだまでビートルズを聴いていた中坊に、東芝さんもムチャしよりますなあ。<br />
　そんなわけで、ぼくが彼らのレコードを聴いたのは大学生になってからだ。『世界はゲットーだ』と、その前後の『オールデイ・ミュージック』、『ライブ』の三枚は本当にカッコよかった。アース・ウィンド＆ファイアーやオハイオ・プレイヤーズといった同時期のファンク・バンドにくらべて、どこか無骨でダークな感じだった。はがきの写真そのまま、ストリート感覚の音というか。楽器編成はドラム、ベース、ギター、キーボードに、パーカッション、サックス、ハーモニカ。とくにリー・オスカーのハーモニカが、バンドの大きな個性になっている。<br />
　「戦争！」という看板を掲げつづけるのは、本人たちも大変だったのだろう。やがてバンドは平和路線に転換していく。それにともなって、ぼくも彼らのレコードを聴かなくなる。しかしソウル、ジャズ、ラテンなど、様々な音楽をブレンドしたこの時期のサウンドは、いま聴いても説得力がある。<br />
　　（ウォー『世界はゲットーだ』）<br />
<br />
３３）いつもクールなデスモンドのサックス<br />
<br />
　ポール・デスモンドというと、条件反射的に「テイク・ファイブ」の人ということになってしまうのは、致し方ないことかもしれない。彼の名前は知らなくても、あのメロディを耳にすれば、大半の人が「ああ、この曲か」となるはずである。ちなみに初演は、デイブ・ブルーベック・カルテットの『タイム・アウト』、言わずと知れた名盤ですね。<br />
　さて、ブルーベック・カルテットが解散した六十年代の後半以降、デスモンドは精力的にソロ作を吹き込む。その最初のピークが、ミルトン・ナシメントとエドゥ・ロボの曲を取り上げた『フロム・ザ・ホット・アフタヌーン』だとすれば、晩年の傑作が、この『ピュア・デスモンド』だろう。同じカルテットでも、ピアノのかわりにギターが入っているところがポイントである。彼のアルトには、こちらの編成の方がふさわしい気がする。<br />
　演奏されている曲は、いずれも有名なスタンダードだが、ここでは耳慣れた曲がとても新鮮に聞こえる。クールで洗練された響きのなかに、深い情感がこめられている。翌七十五年に、同じ編成で録音されたトロントでのライブ盤も素晴らしい。生涯最高とも言える名演を残して、七十七年、デスモンドは癌のために他界。享年五十二歳。<br />
　ちなみに現行の『ピュア・デスモンド』には、ボーナス・トラックとして「ウェイブ」と「マッシュのテーマ」が入っている。ともに彼にはぴったりの曲。とくに後者は、ビル・エヴァンスの名演を思い起こさずにはいられない。<br />
　　（ポール・デスモンド『ピュア・デスモンド』）<br />
<br />
３４）水割りの味とトム・ウェイツ<br />
<br />
　若いころは、ウィスキーの水割りを美味しいと思ったことはなかった。ああいうのは結婚式などで、時間つぶしに飲むものだった。最近は、焼酎でもウィスキーでも、お湯や水で薄く割ったものを好んで飲んでいる。歳のせいでしょうかねえ。<br />
　水割りの味をおぼえたのは、大学生になってジャズやロックを聞かせてくれるお店に通いはじめてからだ。音楽を聴かせてもらうのが目的なので、酔っ払ってしまってはしょうがない。リクエストをするときには緊張した。目当てのレコードがかかるまで、一杯の水割りで、何時間もねばったものだ。やがてボトルのキープなどという、ませたことをはじめるようになる。<br />
　トム・ウェイツのアルバムを聴くと、あのころのことを思い出す。とくにデビュー当初は、本人も好んで「酒場の酔いどれ詩人」みたいなイメージを身にまとっているふうだった。タバコの煙がこもった場末の酒場で、安いバーボンのグラスを片手に、夜の女たちの話を聞いている、といった図である。まあ、こちらの勝手な想像なんですけどね。<br />
　このアルバムは、『クロージング・タイム』につづいて発売された二枚目。デビュー作にくらべると、フォービートの曲があったり、アップライト・ベースが使ってあったりと、かなりジャズィーな味付けになっている。水割りの味をおぼえたばかりの大学生にとって、いかにも「大人の音」だった。それまでロック一辺倒だったぼくは、ジャズのレコードを買ってみようかな、と思いはじめていた。<br />
　　（トム・ウェイツ『土曜の夜の恋人』）<br />
<br />
３５）アイズレーが歩んできたロング＆ワインディングな道<br />
<br />
　最初に一言。彼らの場合、ジャケットには目をつぶらなければならない。どのアルバムも、ド派手なステージ衣装に身を固めた六人のあまり美しくない男たちが、八時だよ全員集合という感じで写っている。同じパターンが「これでもか」というくらいつづく。誰か何か言うヤツはいなかったのか？<br />
　グループが結成されたのは五十年代後半。以後、紆余曲折を経ながら、半世紀以上にわたって活動をつづける。その間には、ビートルズのカバーで有名な「ツイスト・アンド・シャウト」のヒットがあった。ジミ・ヘンドリックスがギタリストとして参加したこともあった。メンバーの急逝、離脱、逮捕などもあった。<br />
　このアルバム（一九七三年発表）は、そんな長い彼らのキャリアのなかでも、一つのピークをなすものだろう。タイトルはヴォーカル三人に、楽器三人というメンバー構成を表している。しかも兄弟五人に一人の義弟という、完全なファミリーバンドである。ポイントは、ジェームス・テイラーの「寂しい夜」と、シールズ＆クロフツの「サマー・ブリーズ」という、とびきりのカバーが二曲入っていること。おかげで数多い彼らのアルバムのなかでも、ぼくにとってはひときわ愛着のある作品になっている。<br />
　このあと彼らは、『ライブ・イット・アップ』、『ヒート・イズ・オン』、『ハーベスト・フォー・ザ・ワールド』と立てつづけに名作を発表していく。最後に一言。くれぐれも、ジャケットは大目に見てあげてくださいね。<br />
　（アイズレー・ブラザーズ『３＋３』）<br />
<br />

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		<title>なぜ愛について語るのか</title>
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		<pubDate>Tue, 29 Jan 2013 02:43:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kyoichi Katayama</dc:creator>
				<category><![CDATA[講演]]></category>

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		<description><![CDATA[１ 　昨年、『愛について、なお語るべきこと』という小説を上梓しました。自分でもちょっと恥ずかしいタイトルだと思っています。いい歳をして、なぜ「愛」なのか。もっと他に語ることはないのか。たしかに。ぼくも五十四なわけだし、そ &#8230; <a href="http://www.kkatayama.net/blog/?p=399">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
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１<br />
　昨年、『愛について、なお語るべきこと』という小説を上梓しました。自分でもちょっと恥ずかしいタイトルだと思っています。いい歳をして、なぜ「愛」なのか。もっと他に語ることはないのか。たしかに。ぼくも五十四なわけだし、そろそろ断捨離の境地であるとか、前立腺肥大の問題とか、仏像を見てまわる話とか……について語るのがふさわしいお年頃。しかし今回、なぜかまたもや「愛」なのです。<br />
　ぼくたちの社会において、愛は微妙な立場にあります。まず知的な人は愛について語らない。知識に興味のある者ほど、愛にまつわる諸々のことを敬遠する傾向にある。いまや愛は未熟さや幼児性の象徴である、とさえ言えるでしょう。とくに近代主義者たちは、愛を人間のロマン主義段階とみなす傾向にあります。愛などという不確かなものは、権利や義務といった法的関係によって置き換えられるべきである。そういう方針で社会をつくろうとしてきた。<br />
　その結果、日本のような近代化した社会では、愛は白い目で見られる。いや、白い目でさえ見られていない、と言うべきでしょう。できれば見なくない。なかったことにしたい。人類誕生以来、人間は愛などなしでやってきたし、いまもやっている。善良な市民の皆さんは、そう考えたがっているふしがある。一人が愛について語りはじめた途端、まわりの誰彼が気まずい思いをする。愛はその場の空気を、一瞬にして居心地の悪いものに変えてしまう。人々は苛立ち、ときに冷笑を浮かべながら、目を背けたり、耳を塞いだりする。これがぼくたちの生きている社会です。まさに愛なき社会。<br />
　かくも困難な状況において、愛について語ろうとすることは、ほとんどミッションに等しいと言っていいでしょう。どんなミッションにも困難は付きまといます。とりわけ愛を語ることには、多大の犠牲や代償が伴う。愛について語りつづけたイエス・キリストは磔になりました。マハトマ・ガンジーも、マルティン・ルーサー・キングも、ジョン・レノンも、みんな暗殺されました。彼らの身に起こったことにくらべれば、五十男が被る誤解や偏見、謗りや蔑みなど、蚊に刺されるようなものだと開き直って、愛について語りつづけるしかない。<br />
　人々は愛について語る者を憎む。これは二千年前も現代も変わらぬ事実です。この事実こそ、愛について重大な何かを告げているのではないでしょうか。いったいなぜ、彼らは憎まれるのか。おそらく愛について語ることが、人間の真実に触れるからです。いつの世にあっても真実とは危険なものです。あらゆる支配と権力は、真実を隠蔽するところに成立します。誰もが真実を真実として生きることができるなら、支配も権力も必要ないでしょう。人々が真実を生きることを妨げるために、力（暴力）が行使されるのです。この力は誰よりもまず、真実を語ろうとする者に向けられます。だから真実を語るときには、痴れ者のふりをしなければならない。<br />
　　<br />
　　　ぼくが真実を口にすると　ほとんど全世界を凍らせるだらうといふ妄想によつて　ぼくは廃人であるさうだ（吉本隆明「廃人の歌」）<br />
　<br />
２<br />
　ぼくもひところは、意識的に「愛」という言葉を使わないようにしていました。『世界の中心で、愛をさけぶ』というタイトルの小説がベスト・セラーになって、その小説についてたずねられることが多かったり、ぼく自身が「愛」という言葉とともに語られることが多かったりしたせいかもしれません。当初は身に覚えのない感じが強く、なんとなく居心地が悪かったものです。でも最近は半分開き直って、「愛」について、きちんと考えてみようと思うようになりました。<br />
　こうした心変わりの原因は何かと言うと、一言で言えば、世界があまりにも暗澹とした状態になってきているということです。国の内外を問わず、悲観的にならざるをえない、絶望的にならざるをえない状況ばかりではないか、というのがぼくの実感です。たとえば海外のニュースを見ていると、世界中のどこかで常に武力紛争や内戦が起こっている。それが普通の状態になっている。誰がなんのために戦っているのか、ぼくたちからするとよくわからないことも多い。ただ相互に殺し合っているとしか思えないことも多いわけです。<br />
　かつて戦争は時間的にも空間的にも限定された、いわば例外的な状態でした。どこかの国がどこかの国に宣戦布告をして戦争ははじまっていた。政治的に紛糾して、妥協点が見つけられなくなって、最後の段階として戦争が起こっていたわけです。しかしいまは、いつどこで戦争がはじまったのか、よくわからないうちに暴力の応酬になっていることが多い。だから明確な終戦も、和平や講和もない。国同士の戦争なのか、あるいは内戦なのか民族紛争なのか宗教対立なのか、そのあたりのことも判然としないことが多い。アメリカやヨーロッパの軍隊、国連軍のようなところが、平和維持や人権擁護という名目で軍事介入を行うことも、いまや国際政治の常態となっています。戦争は政治の最終段階ではなく、政治の主要な要素や手段になった観があります。つまり最初から軍事介入を前提としたところで、世界の秩序というかヒエラルキーみたいなものが形作られているわけです。こういうやり方にたいして、テロが起こってきているのだと思います。<br />
　今回のアルジェリアの事件などを見ても、日本人はすでに潜在的にテロの標的になっていることがわかります。兵士か民間人かは関係ない。戦争と平和、軍事活動と経済活動の区別そのものが、もはやなくなっていると考えた方がいい。だからますます、ぼくたちは国家とか軍隊に依存せざるをえなくなるのだと思います。これらのものに守られなければ、経済活動も人道支援も行えない状況が生まれているわけです。フーコーが「生権力」と呼んだものが、人々の生と死を直接的に支配するようになっています。<br />
　だから軍隊のあり方も、当然変わってきます。日本の政権などは、いまだに「防衛」という言葉を使っていますが、実質的には「セキュリティ」です。邦人の生命を守るために軍事力を活用する。それは軍事活動が警察活動に近づいていくことを意味しています。また軍事活動の内容も、攻撃にたいする防衛的なものから、予防的・先制攻撃的なものにシフトしていかざるをえないでしょう。セキュリティの名のもとに、こうした軍事活動が正当化されることで、さらなるテロ行為が生まれることは間違いありません。<br />
　アメリカなどはテロとの戦いを宣言し、予防戦争や先制攻撃も辞さない姿勢を見せています。日本の政権もこれを支持するようなことを言っていますが、それは果てしない暴力の連鎖に巻き込まれる危険性を孕んでいます。これにたいする国民の合意は、まったくなされていません。ただ政治家だけが安易に、自衛隊法の改正や、アメリカとの軍事同盟の強化を口にしている状態です。テロとの戦いは、不明確な実体のない相手を敵とします。ウイルスや放射能を相手にすることと同じなのです。一度はじめてしまえば、何十年にも、何世代にもわたって恒常的な戦争状態がつづくことになるでしょう。その過程で、どれほどの暴力や憎悪が生み出されるのか想像もつきません。<br />
　このように現在の世界には、暴力や憎悪といった否定性、否定的な力ばかりが満ち溢れています。日本の政治状況を見ても、否定する力を恃みとする人、否定的なトーンで語ることに長けた人たちが幅を利かせています。それにたいして文学にできることは何かと考えると、肯定的なメッセージを発しつづけることではないかと思うのです。非力であるからこそ、強い肯定のメッセージを発することが大切ではないか。そういう悲観的で絶望的な状況に抗する気持ちを込めて、「愛」という使いにくい言葉を、あえて使ってみたいと思うのです。<br />
　愛とは何か。それは肯定性であり、肯定する力です。つまり暴力や憎悪の対極にあるものです。暴力や憎悪が地球を覆い、ぼくたちの誰もが否定的な力に引きずられ、気持ちが嫌悪や拒絶といった否定的な色に染まりがちなときこそ、「愛」という肯定する力について考え、人々の顰蹙を買うくらい、これについて喋り倒したいと思うのです。<br />
<br />
３<br />
　文学、とくに近代文学（小説）が愛を扱うのは、主にロマンチックな文脈においてです。人類愛や隣人愛といったものを、正面から描くというのは、あまり得意とするところではありません。やはり男女の恋愛とか、家族間の愛情とか、そういうロマンチックなところ、プライベートな局面で愛をとらえていくことになります。ですから当然、愛だけではなくて、憎しみのようなネガティブな感情も入ってきます。描かれる状況も、夢いっぱい幸せいっぱいというだけでは小説になりません。やはり痴情のもつれと言いますか、三角関係や嫉妬や誤解なども果敢に描き込んでいくことになります。その過程で、主人公たちは苦悩し、憔悴し、ときには自殺したりもする。彼らの生き方に共感する、共鳴する、というのが小説を読む一つの醍醐味ではないかと思います。<br />
　具体的に例をあげた方がいいと思うので、皆さんもよくご存知の作品で、ドストエフスキーの『罪と罰』を取り上げてみます。簡単に内容をお話ししますと、主人公はラスコーリニコフというインテリの青年です。ペテルスブルグの大学に通っていますが、父親が亡くなって、地方で暮す母親と妹からの仕送りによって貧しい暮しをしている。しかし苦学して大学を出ても、下級官吏くらいにしかなれないことから、しだいに人生に絶望して、学業をつづける気がなくなってしまう。そして屋根裏部屋の自室で空想にふける日々を送っています。<br />
　こうした不遇感は、現在の日本の社会でもかなり広く共有されているのではないでしょうか。いわれない落伍感というか、被害者意識というか、生きていることの苛立ち、不快感のようなもの……誰もが多かれ少なかれラスコーリニコフに近い気分で生きているとも言えます。空想のなかでラスコーリニコフは、欲深いだけで社会の役に立たない金貸しの老婆を殺して金を奪い、その金で自分のような有為の青年が学業をまっとうし、社会に出て人々に貢献することは、人類的な視点で見れば正しいことだと考えます。最初は自身の不遇感を紛らわせるようにして、ただ空想していただけでしたが、そのうちにもてあそんでいた観念が肥大して彼をとらえ、ついには実際の犯行に走らせてしまいます。しかも殺人を犯したあとでも、彼は自分のやったことに現実感がなく、したがって後悔も反省もしないのです。<br />
　ここでドストエフスキーが描いているのは、自分の観念のなかに閉じ込められてしまった人間、そこから出ることができずに他者や外界との接触を失い、病的なまでに孤絶してしまった人間です。それだけでなく、彼は自分自身とも関係がもてずにいます。自己嫌悪が嵩じて自分にたいして不活性になっているというか麻痺している、そうした人間として描かれています。深い憂鬱に沈んだ主人公が、厚い自閉の壁を破って外界との交感を回復させる契機として、作者はソーニャという一人の娼婦を登場させます。彼女にラスコーリニコフは自分が犯人であることを打ち明けます。しかしソーニャは逃げ出すことなく、かといって責め立てもせず、ただ黙って自首を勧め、彼が懲役でシベリア送りになるとその町に移り住み、毎日のように面会に行くのです。<br />
　そして一年ほど過ぎたとき、突然、ラスコーリニコフに変容が訪れます。一種の蘇生というか、救済が訪れます。世界にたいしても自分にたいしても脱臼状態にあり麻痺状態にあった人間が、自分と和解し、世界との交流を取り戻すのです。その場面を読んでみます。<br />
<br />
　　どうしてそうなったのか、彼は自分でもわからなかったが、不意に何ものかにつかまれて、彼女のもとへ突きとばされたような　気がした。彼は泣きながら、彼女の膝を抱きしめていた。最初の瞬間、彼女はびっくりしてしまって、顔が真っ蒼になった。彼女　はぱっと立ち上がって、ぶるぶるふるえながら、彼を見つめた。だがすぐに、一瞬にして、彼女はすべてをさとった。彼女の両眼　にははかり知れぬ幸福が輝きはじめた。彼が愛していることを、無限に彼女を愛していることを、そして、ついに、そのときが来　たことを、彼女はさとった、もう疑う余地はなかった……（『罪と罰』工藤精一郎訳）<br />
<br />
　孤絶した人間が、長い苦悶の末に一人の他者によって蘇生し、再び生きはじめる。シベリアの流刑地において、極寒の地の粗末な小屋のなかで、彼は自己の内面に新しいものの誕生を体験する。そうした体験の契機となったのは、ソーニャという一人の他者の存在です。彼女からラスコーリニコフへ向かっての働きかけは、明確なかたちではほとんどなされません。ただ黙ってそばにつきそっているだけです。ただ彼女には相手が、自分と同じように不幸な人間、苦しんでいる人間であることがわかるのです。この苦悩の共有から、ラスコーリニコフの自己救済への道がひらかれます。<br />
　人間的欲望とは他者の欲望を欲望することである、とヘーゲルは言っています。他者の欲望を欲望するとは、他者による承認を望むということでしょう。どうも人間というのは、自分以外の者から承認してもらわないと、つつがなく生きることができないようです。『罪と罰』という作品で、ソーニャという信仰心の深い娼婦を通してドストエフスキーが描いているのは、無条件の承認ということだと思います。あなたがどんなに罪深い人間だとしても、わたしはあなたがそこにいることを承認する。ソーニャの存在が、ラスコーリニコフにそのような承認を与えるのです。他者から承認されることによって、彼は蘇生し、再び生きはじめる。これがぼくの考える愛です。愛という肯定する力です。<br />
<br />
４<br />
　ドストエフスキーが描いたソーニャの原型は、おそらく『聖書』のイエスだと思います。『聖書』のなかでイエスは、様々な病人を癒します。そのときイエスの発する言葉は、「あなたの罪は赦される」というものです。つまり病気で苦しむ人に、無条件の承認を与えているわけです。あなたがどのような者であろうと、わたしはあなたの存在を承認する。ソーニャがラスコーリニコフに与えたのと同じ承認を、イエスは病気で苦しむ者に与える。それによって病気が治ってしまう。<br />
　『聖書』の記述では、イエスが起こす数々の奇蹟の一つとして描かれていますが、この手の奇蹟は、イエスの振舞いほど普遍的ではないにせよ、ぼくたちの誰もが人生で一度や二度は体験しているのではないでしょうか。たとえば恋をすると女性は美しくなると言われます。これは実際に美しくなっているのだと思います。身体の内側から健康になったり、免疫力が高まったりしているのではないでしょうか。好きな人ができたら腰痛が治った、肩こりが治った、アトピー性皮膚炎が治った……そういう小さな奇蹟は、ぼくたちのまわりでしばしば起こっていると思います。<br />
　恋をするということは、無条件に承認できる相手を見つけたということです。あるいは自分が誰かから無条件に承認されているということです。それによって人は健康になったり、病気が治ったりする。蘇生したり、新しいものが生まれたりする。それは奇蹟でもなんでもありません。なぜなら病気も含めて、その人は無条件に承認されているからです。腰痛であるあなたが、肩こりのあなたが、アトピー性皮膚炎のあなたが、無条件に承認される。そのとき病気は否定的なものでありつづける意味を失います。それが治るということ、癒されるということだと思います。このようにお互いを承認する力、愛という肯定する力を、人間は誰もが例外なくもっています。<br />
　いったいぼくたちはいつ、どのようにして、こうした力を身につけたのでしょうか。おそらく誕生によってだと思います。だから身につけたというよりは、授けられたと言った方がいいかもしれません。もちろん親によって誕生を祝福されるということもあります。ぼくなども子どもが生まれたときには、よく生まれてくれたねえと思いました。生まれてくれてありがとうというか、その喜びは体験したことのないものだったように思います。神秘的な喜びといいますか、何か神秘的なものと出会ったような気がしました。それは自分たちの子どもという意味を超えて、存在自体を無条件に、絶対的に承認する相手と出会った、そういう存在を授かったことの神秘さだったように思います。<br />
　家族というのは、その者が存在することに、お互いが無条件の承認を与え合う関係だと思います。人間的行動ではなく、ただ生物的な存在に絶対的な価値を見出すのです。だから家族を看取るときも、ただ呼吸器や点滴につながれて生命を保っているだけの肉体ということで、簡単に見切りをつけることができないわけです。その息をしているだけの、まったく役立たずの肉体に絶対的な価値を見出すのが家族だからです。遺骨の意味も、そういうところにあるのでしょう。人間というのは、亡くなって焼かれて灰になっても、けっして物質に還元されてしまわない存在なのです。人間をそのような存在にしているのは、ぼくたち誰もがもっている愛の力、愛という肯定する力だと思います。<br />
　では親から祝福されずに生まれた子どもはどうなんだ、家族の愛を知らずに育った子どもはどうなるんだ、その子は不幸じゃないか、愛という肯定する力を授からなかったことになるのか、という反論も予想されますが、そんなふうに考えない方がいいと思います。この世に誕生すること自体が、その存在を全面的に肯定され、祝福されているということなんだ、と考えた方がいいと思います。誕生しなかった生命、生まれることができなかった命も、たくさんあるわけですからね。親が望むとか望まないとかいうのは、生命の大きな流れならすると些細なことです。誕生そのものが、絶対的に肯定されることであり、無条件に祝福された事態なのだと考えた方がいい。誕生することは、すでに幸先のいい奇蹟なんだ。ぼくはそんなふうに考えたいと思います。<br />
　残念ながら、ぼくたちはイエスのように、出会う人すべてに無条件の承認を与えることはできません。仏教の言葉では「慈悲」ということになるのでしょうが、これもなかなか生身の人間には難しいことです。たとえば被害者が加害者にたいして、「あなたの罪は赦される」と言えるかというと、ほとんど不可能に近いくらい困難でしょう。どうしても報復や償いといったことを考えてしまう。だから戦争やテロはなくならないわけです。イエスや釈迦のように振舞えるのは、やはり一握りの偉大な人たちと考えた方がいいのかもしれません。普通の人間は、とりあえずラスコーリニコフとソーニャのように、ありきたりの者同士として愛し合うところからはじめるよりほかない。殺伐とした世界のなかに小さなシェルターをつくって、連れ合いとか家族とか、身近な者たちと、ささやかな承認の儀式を執り交わすよりほかない。<br />
　しかしながら、殺伐とした世界を生きている誰もが、愛という肯定する力をもった人たちであるわけです。たとえ憎しみ合い、殺し合っていても、ときに被害者や加害者であったとしても、そうした一人一人が誕生において祝福され、肯定された人たちなのです。人間は愛という肯定する力とともに、憎悪や暴力という否定する力ももっている。どちらかが真実というわけではない。どちらも真実なのだと思います。ラスコーリニコフにしても、一方で罪もない老婆とその妹を斧で叩き殺すほど冷酷な人間でありながら、ソーニャの無言の愛に感応する心をもっている。人間とは、そうした両面性をもった、振幅の大きな存在なのだと思います。どちらか一方を誇張することは間違っています。とくに小説では、ドストエフスキーのように両面を描き出すことが理想なのです。<br />
　ただ現在の世界では、技術によって否定的な力ばかりが増幅されて行使されます。そのことが暗澹たる状況をつくり出していると言えます。これにたいして愛を有効に増幅する手段はありません。技術が否定する力に加担するように、愛という肯定する力に加担してくれるものはありません。ぼくは言葉によって、なんとか愛を応援しようと思っていますが、いかんせん非力であり、無力感にとらわれることもしばしばです。しかし強いものの味方はしたくないので、これからも無謀なまでに愛について考え、年甲斐もなく愛について語りつづけようと思っています。<br />
（２０１３．２．１０　アクロス福岡円形ホール）
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		<title>猫々通信⑫</title>
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		<pubDate>Fri, 07 Dec 2012 00:25:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kyoichi Katayama</dc:creator>
				<category><![CDATA[猫々通信]]></category>

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		<description><![CDATA[意見陳述書（玄海原発差止等請求事件・原告）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　私は文筆を生業とする者です。主に小説を書いています。学生のころから、核兵器を含め、核エネルギーという人間の技術にた &#8230; <a href="http://www.kkatayama.net/blog/?p=393">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
意見陳述書（玄海原発差止等請求事件・原告）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
　私は文筆を生業とする者です。主に小説を書いています。学生のころから、核兵器を含め、核エネルギーという人間の技術にたいして、心情的な嫌悪と反発を感じてきましたが、かといって積極的に反対してきたわけではありません。原発の安全性についても、多くの日本の国民と同じように、福島の事故が起こるまでは、ほとんど無関心であったと言っていい。そのことを強く後悔しながら、いまあらためて核エネルギーについて考えようとしています。<br />
　福島の事故が起こってまず思ったことは、私たちは歴史上はじめて、未来の者たちから憎まれ、蔑まれる先祖になったのかもしれない、ということです。私たちは子どものころから、先人たちを敬い、感謝することを教わってきました。そうした教えは、実感ともずれていなかったと思います。この暮しは、昔の人たちが連綿として培い、築き上げてきてくれたものの上に成り立っている。そう素直に信じることができた。しかしいまや、状況はすっかり変わってしまったと言うほかありません。未来の者たちが私たちにたいして抱く思いは、敬いでも感謝でもなく、「なんということをしてくれたのだ」という、恨みとも憎しみとも蔑みともつかない、やり場のないものではないでしょうか。<br />
　原子力発電は、ウラン鉱の採掘からウラン燃料の濃縮、発電に至るまで、すべての過程で多くの放射性廃棄物を産出します。高レベル放射性廃棄物の場合は、深度三百メートル以上の地層で数万年以上にわたって管理する必要があるとされています。これは「地層処分」と呼ばれ、現時点では唯一の最終処分法と考えられているものです。ノルウェーでは、一億八千万年間動いてないことが確認されている花崗岩の岩盤に、深さ五百メートルの地下施設を作って、最終処分場にしようという計画が進んでいるそうです。しかし地殻変動の活発な日本では、このような地下処分は不可能でしょう。そこで今後、五十年から数百年にわたって暫定的に保存し、そのあいだに最終処分法を考えようという案が浮上しています。<br />
　「最終処分」と言うのだそうです。放射性廃棄物の最終処分……ヒトラーが同じ言葉を使っています。彼はユダヤ人絶滅政策にかんして、この言葉を使ったのでした。「最終処分」というプロセスを伴っていることが、すでに決定的に間違っているのではないか。そう考えてみるべきではないでしょうか。地中から取り出したウラン鉱石をエネルギーに利用し、その廃棄物を最終処分する。それが地球を、あるいは世界そのものを最終処分することにならなければいいと思います。<br />
　いったい誰が、どのような権利があって、こんなことをはじめたのでしょう。五十年から数百年にわたって暫定的に保存すると言っても、数百年先のことなど誰にもわかりません。日本という国はなくなっているかもしれないし、人類だってどうなっているかわからない。ほとんど人間が生存するかぎり管理しつづけなければならないものを、私たちは現在の自分たちの生活のためだけに生みだしつづけています。たった半世紀ほどのあいだに繁栄を謳歌した、地球上のごく一部の人間が、この先数万年に及ぶ人間の未来を収奪しつつあると言っていいのではないでしょうか。<br />
　いくらノーベル賞級の知性を結集したと言っても、私たちのやったこと、やりつづけていること、将来もやりつづけようとしていることは、間違いなく浅知恵です。人間は技術的に高度化すればするほど、深刻な浅はかさにとらわれていく。一流の頭脳をもった人たちが一生懸命にやっていることを集積すると、ほとんど人間性を根底から否定してしまうほどの、巨大な愚かしさが立ち現れてしまう。そういう恐ろしさ、忌まわしさが人間の技術にはある気がします。<br />
　数十年先、数百年先には、核にたいするテクノロジーは格段に進歩しているかもしれない。原子力発電所は安全に運転されるようになっているだろうし、核燃料サイクルは確立されているだろう。「死の灰」を無毒化する方法も見つかっているかもしれない……そのように考えることが、まさに浅知恵なのです。本当の「知恵」とは、未来の者たちにより多くの選択肢をもたらすことではないでしょうか。核エネルギーの研究や開発をつづけるかどうかは、あくまで未来の人たちが判断すべきことです。これまでに生み出された放射性廃棄物を処理するためだけにも、彼らは否応なしに、核エネルギーの問題に取り組みつづけなければならない。このことをとっても、すでに私たちは、既定の未来を彼らに押しつけているのです。将来に不確かな期待をもつことは、さらに彼らの未来を収奪しつづけることになるでしょう。<br />
　数万年以上にわたり貯蔵・保管しなければならない物質を生み出すような技術を、過去に人間はもったことがありません。この厄介な物質をどうするかということは、私たちがはじめて考えなければならないことです。ここに原子力発電という技術に伴う、大きな倫理的空白が生じているのです。この空白に付け入ってはならないと思います。それはかならず人間性を損ない、私たちをいかがわしい生き物にしてしまいます。<br />
　最後に、私がたずさわっている文学の話をさせてもらいたいと思います。文学とは本来、人間の可能性を探るものです。人間はどのようなものでありうるか。小説は、それをフィクションという設定のなかで問うものだと、私は考えています。核エネルギーとともにあることで、私たちは人間の可能性を探ることができなくなってしまいます。なぜなら核廃棄物という、自分たちに解決できないものを押しつけるというかたちで、私たちは数万年先の人間を規定し、彼らの自由を奪ってしまっているからです。少なくとも私のなかでは、核エネルギーの問題を放置して小説を書きつづけることは、自らの文学を否定してしまいかねない矛盾と欺瞞を抱えることになります。これが原子力発電所の廃絶を求める裁判に、私が参加しているいちばん大きな理由です。<br />
　自分はいかなる者でありうるか、ということをあらためて考えたいと思います。私たちが個人でなしうることは、一人の人間の身の丈を、それほど超えるものではありません。しかし私たちが「こうありたい」と望むことは、過去と未来を貫いて、人間全体を眺望しうるものです。そのような眺望をもって、自分の死後に生まれる者たちと、どのようにかかわるか、いかなる関係をもちうるか。それが生活や経済とはまったく次元を異にする、人間の自己理解の根本にある問題です。過去を健全に引き継ぎ、歪曲されない未来を受け渡していこうとすることによって、私は自らが望むべき者でありたいと思います。そして私たち一人一人の人間性を深刻に損なってしまう原子力発電からの速やかな離脱を、この裁判をとおして強く訴えたいと思います。<br />
　以上、意見陳述を終わります。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　２０１２．１２．７　佐賀地方裁判所<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />

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