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伊予弁のCM / 愛媛新聞PR誌「アクリート」寄稿 ほーなんよ、伊予弁

伊丹十三の『ヨーロッパ退屈日記』のなかに、「スパゲティの正しい食べ方」という名エッセーがある。
要するに、スパゲティを音もなく食べるにはどうするか、いかにして皿の上のスパゲティをフォークでくるくると巻き取り、しかるのち過たずに口のなかに収納しおおせるか、という食べ方の指南である。 そんなもん、フォークで掬い取ってずるずるっと……それがいけない。間違いなのである。マナーに反するのである。
スパゲティは蕎麦やうどんのように、音をたてて吸い込んではいけない。「外国ではこれが、非常な無作法、度外れた育ちの悪さ、ということなる」と伊丹先生は諭されている。 知らなかった。カルチャーショックとはこのことだ。大学一年生のぼくは、その後、しばらく喫茶店に入るたびにコーヒーとスパゲティを注文しては、エレガントな食し方の習得に励んだものだった。
もう一つ、伊丹十三で思い出すのはお菓子のCMである。「もんたかや。まあ○○のタルトでもおあがりや。ほて成績はどうじゃったんぞ」というようなことを、カメラに向かって伊丹氏が語りかける。最後に「まあ精出して、タルトでも食べることよ」という落ちがつく。

他にも幾つかのバージョンがあったと記憶しているが、やはり「もんたかや」ではじまるものが鮮烈だった。 このCMを、「帰ったかい。まあ○○のタルトでもお食べなさい」と標準語でやっても、面白くもなんともないだろう。 スタイリッシュでちょっとキザな伊丹氏が、郷土の言葉で「もんたかや」と語りかけることで生まれるギャップが、あの短いCMを印象的なものにしていたのだと思う。 ここで私たちは一つの仮説にたどり着く。伊予弁とは、おやつにタルトを食べていた地域の人たちが喋っていた言葉ではないか。 うーむ、われながら大胆な仮説である。